結論から言えば、センリの増量計画は成功となった。お陰で買った服も無駄にならずにすんだ。
そして結婚式当日、誠治はセンリを連れて朝早くから式場である神社に向かった。色々と手伝いをやらされる予定なのだ。
「おはよう、誠治。あら、そちらは?」
姉、遥はセンリを見ると、物珍しそうに目を丸くする。
「可愛らしいお嬢さんね」
「ありがとうございます。小山田さんとお付き合いさせていただいています、街道千里といいます。本日はおめでとうございます」
常にない丁寧さで挨拶をするセンリに、遥は首を傾げる。
「ありがとう。……カイドウ、センリさん? 珍しいお名前ね」
「ふふ、よく言われます」
「本当に誠治と付き合ってるの?」
「はい」
「そう。……そういうことなら、今日は身内として、少し手伝ってもらうことになると思うわ。よろしくね」
「はい。もとよりそのつもりで来ていますから」
にっこりと笑うセンリは、どこからどう見ても普通の女だ。普段を知っているから誠治はどうもその差異が面白くて仕方なかったが、事前にセンリに笑うなと言われているので、しかめっ面を作っている。
式の準備も式自体も滞り無く行われ、正直手伝いはいらなかったのではないだろうかと思うほどだった。とはいえ、小さなアクシデントはそれなりにあったらしく、しかしそれらは全てセンリがどうにかしたのだという。本当かと訊ねれば、まあこの程度であれば慣れていると、センリは笑みを浮かべていた。
「そういう会社に勤めてるのか」
披露宴の間、密かに訊ねれば、センリは曖昧に笑う。
「業種は違うよ。でも無駄に式典の手伝いとかはやらされるから、それでね」
「手馴れてるってスタッフが感動してたぞ」
「そんな大げさな。あ、お姉さんこっち見てるよ」
見ると、確かに遥がこちらを見ている。何の用だろうかと見つめ返していると、やがて遥はふっと視線をそらす。常にない姉の様子に、何かあったのだろうかと誠治は眉根を寄せる。
「どうかした?」
「少し様子がおかしい」
「お姉さん?」
「ああ」
「小山田さんの隣にいる人が不思議なんじゃない?」
「叔父が?」
「いや、私が」
そう言われ、誠治は首を傾げる。
「どこがだ?」
「これまで女っ気のない弟にいきなり彼女ですって人が現れたら不思議に思うでしょ」
「そうか」
「そうだよ」
自信を持って言うセンリに、誠治はそうだろうかと首を傾げる。とりあえず、式が終わったら姉に聞いてみるかと少しだけ思った。
「そうよ。誠治ったらきっと誰か知り合いでも連れてくると思ったら、ちゃんと彼女連れてきたから、私も驚いて」
遥がにこりと笑いながらそういうのを聞いて、センリはほらねと言う。
「言ったとおりじゃん」
「ごめんなさいね、センリさん。本当に誠治の彼女なのかしらと思って、つい時々見ちゃって」
「いえ、仕方ないですよ」
「ところでセンリさん、このあと少しお話いいかしら」
姉からの申し出に、センリは目を丸くし、首を傾げる。
「いいですけど、なんでしょうか」
「誠治、少し席を外して」
「俺がいたらまずい内容ですか」
訊ねると、遥はええと頷く。
「着替えついでに、女同士のお話ってやつよ」
「わかりました」
ここで否を言えば力ずくで追い出されることは経験から知っているので、素直に従う。
外に出たところで、さて何をして時間を潰すかと、誠治は歩き出す。確か、このあと遥は友人達と二次会をする予定だが、そちらには基本的に親族は参加しない方針になっているので、誠治はセンリと帰る予定だ。
手持ち無沙汰でなんとなく歩いていると、親戚が話をしているのが聞こえる。
「それにしても、誠治くんは立ち直ったみたいでよかったな」
誠治は思わずそこで立ち止まった。
「全くだ。あの方がお亡くなりになられてからは、気落ちして、見るに耐えなかったのに」
「今日一緒にいた、あの子、センリちゃんだっけ、あの子がきっと支えになってるのよ」
「ああ、あの子。話してみたらしっかりしたいい子だったよ」
「次は誠治くんの結婚式かしら」
「めでたいことが続くのはいいことだ。特にここ二、三年ほど、誠治くんがあんなに楽しそうに話しているのは見たことがなかったし」
その話を聞いていて、誠治はこれ以上ここにいてはいけないと、逃げるようにそこを立ち去った。
境内に出て、誠治は景色を見ながらぼんやりと考える。
先程、親戚は誰かが死んだと言っていた。しかし、誠治にはそんなことは覚えがない。強いて言うなら両親の事故だが、その時も誠治は強いショックを受けたりはしていなかった。いや、それなりにショックではあったのだが、それでも親戚に心配されるような状態ではなかったはずだ。それに、彼らは『あの方』と言っていた。両親にわざわざそんな呼び方はしない。では、一体誰なのだろうか。話からすれば、三年ほど前に何かがあったらしいのだが、はて、三年前は何をしていただろうか。
考えていると、カツンという足音が聞こえる。見ると、センリだ。
「おまたせ」
「あ、ああ」
「顔色悪いけど、お腹でも壊した?」
「違う」
「だよね。じゃあ、行こう」
「わかった」
立ち上がり、誠治はふと首を傾げる。
「どうかした?」
「いや、別に」
先程まで誠治を駆り立てていた不安のようなものが、さっぱりないことに、誠治はどうも違和感を覚える。
「何かしたか?」
思わず訊ねるが、センリは何のことだと首を傾げる。
「何を」
「いや、なんというか」
「変な小山田さん。遥さん待ってるし、行こう」
「ああ」
「それじゃあ誠治、またね」
「姉さんも元気で」
「喧嘩したら行くから、そのつもりでいて」
新婚なのに物騒なことを言う姉に、姉の旦那となる義兄がオロオロしている。それに冗談よと姉は返すが、まず間違いなくやらかすだろう。
「それじゃあセンリさん、誠治のこと、お願いね」
姉が何か企んでいるような笑みでそういうと、センリは苦笑を返す。
「まあ、どこまでできるかわかりませんけど、善処はします」
「ええ、お願い。誠治、センリさんと仲良くね」
二次会に向かう姉を見送り、誠治はさてとセンリの方を向く。
「姉さんと何話してたんだ?」
「ナーイショ」
「おい」
教えろと言うが、センリは誠治の言葉を無視して先を歩く。
「小山田さん、お腹空いたね」
「さっき食っただろ」
「この前のお店行こっか」
「この格好で浅田にあったら面倒だ」
「今ならちゃーんと女の子って認識してもらえるよ」
「それも癪だから却下だ。帰るぞ」
「はーい」