あの時食べられたタコです

予言をするタコの夢を見ていた者の末路、みたいな話。クトゥルフ神話の二次創作だから、二次創作サイトに上げるかな、どうすっかなあと悩んだ末、こっちに投稿です。

 夢を見たのです。
 最初に現れたのは、デフォルメされたタコのイラストがそのまま立体になったような、そう、ぬいぐるみのようなものでした。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 そのタコはそう名乗りました。
 夢を見たその日、確かに私はタコを食べました。旅先のとある宿で、その日港にあがった珍しいタコだと聞いて、それをいただきました。いつも食べるものよりも格別に美味で、馥郁とした香りと豊かな味わいがあり、いつまでも口中に留めたいと、飲み込むのが惜しいと思うほどのものでした。
 その幸福の余韻か、或いはあまりにおいしかったタコに礼を述べたいと思ってしまったのか、その日の晩、そう名乗るタコが現れたのです。
「わたしはあなたに予言を伝えに参りました」
 タコはそう言いました。それに私が何かを言う前に、タコの目がくるりと回転しました。
「明日、帰りの電車は一本早めにした方が良いでしょう」
 どこか厳かな雰囲気を醸し出しながら、しかしぬいぐるみの姿なのでやや滑稽でもある様子でそう告げると、ふっとタコは消えてしまいました。
 翌日、私は宿で目覚め、奇妙なこともあることだと思いつつ、予定通りに過ごし、帰路につきました。すると、なんと私の乗った電車が途中で停止してしまい、しばらく電車の中で待った後、結局線路に降りて最寄りの駅まで歩くことになってしまったのです。タコの予言に従えば良かっただろうか、いやたまたまだと思いつつ、最寄りの駅まで歩いたことを覚えています。

 それから数日経った後、再びタコは夢に現れました。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 タコは以前現れた時より、少しリアルに近い造形になっていました。それでも、まだタコのキャラクターだなと思える程度にデフォルメされているところもありました。
「わたしはあなたに予言を授けに参りました」
 以前のように、タコの目がくるりと回転しました。
「喫茶店には三十分ほど長めに滞在すると良いでしょう」
 以前と同じく、厳かな雰囲気を醸し出しつつタコはそう告げて、すうっと消えてしまいました。
 翌日、所用で喫茶店に入ることになりました。途中、相手が先に帰ることになり、私も同じタイミングで出ようかと思いましたが、ふと昨晩の夢と先日のことを思い出し、もう少し喫茶店にいることにしました。そこから十分ほど経った頃、外では急な雨が発生し、道行く人が急いで走っていくのが見えました。雨はその後三十分もしない内に止んだので、それを確認してから私は喫茶店を出ました。

 そこから、三日ほど経った頃でしょうか。
 再びタコが夢に現れました。水族館などにある、リアルな造形のぬいぐるみのような姿で、表面もふわふわではなく、つるりとしたものになっていました。それでも、まだぬいぐるみだと言える姿です。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 タコはいつものようにそう言いました。そして、私はタコに先日の喫茶店のことについて礼を言おうとしましたが、不思議と口は開けませんでした。
「わたくしはそなたに予言を授けに参った」
 タコがそう言うと、触手をくねらせ、その目が一回転しました。
「明日、フクとつく場所に行きなさい。懐かしい人に会えるでしょう」
 厳かなその声が響くと、タコは霧にでも紛れるようにして消えていきました。
 翌日、たまたま立ち寄った駅が『フク』とつく駅だったのですが、そこでかつての同級生に会いました。最近引っ越してきたとかで、また会おうと連絡先を交換したのです。

 その二日後、再びタコが夢に現れました。この時は生物そのものになっていましたが、以前のような普通の、タコと言われてまず想像するタコではなく、メンダコの姿でした。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 メンダコは食べていないと言おうとしましたが、やはり何も言えませんでした。口が縫われたように動かないのです。
「我はそなたに予言を与えに来た」
 そして、タコの目が回転したのを見たと思った直後、タコの周りに青白い炎が浮かびました。その様がいかにも幻想的で、厳かで。
「明後日、家から出たら南に向かいなさい。北には困難が待ち受けている」
 威圧感すら感じるその声が響き渡ると、タコの姿がグニャリと溶け、消えていきました。
 夢を見た翌々日、タコからの言葉もあったので北を避けようとしたのですが、その日はたまたま寝坊してしまい、自宅から北にある駅でないと間に合わないと思い、そちらに行きました。すると、そこから乗った電車はその後落雷で遅延し、結果南の駅から乗った方が早く着いたなという時間になってしまいました。

 その一週間後、再びタコが夢に現れました。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 この時はメンダコではなく、よく見かけるタコの姿でした。生憎私はタコに詳しくないので、種類はわからなかったのですが。
「我はそなたに予言を授けに来た」
 タコの目が回転すると、青白い炎が浮かび上がり、タコが触手をこちらに伸ばしてきました。
「黒衣の者は破滅の使者である」
 そうして、タコの触手が額に触れ、額にちくりと何か痛みを感じたと思った瞬間、目が覚めました。
 その夢を見て、数日後だったと思います。喫茶店でコーヒーを飲んでいると、目の前に恐ろしいほどの美しい人が現れたのです。黒いスーツを着た、恐らく男性だったと思います。肌は私と同様の色でしたが、顔は勿論、体のどの部分を見ても感嘆の声を漏らしそうになるほどの完成度で、同じ人種なのだろうか、いやそもそも種すら違うのではと思うほど美しい人でした。
「やあ、こんにちは」
 形のよい唇から発せられたその声もうっとりするほどのものでした。
「珍しい手順を取られていると思ったが、それにしても気が遠くなりそうな手間じゃないかい?」
「え」
 何のことだろうかと怪訝に思っていると、その人は目を丸くして、それからああと納得したようでした。
「まだそこまで進んでいないのか。なるほど」
 そう呟いたかと思うと、その人はこちらに手を伸ばし、その美しい指先で私の頬に触れました。
「ふむ。時間の問題のようだな。また会おう」
 そうして、その人はその場を離れようとしました。しかし、ふと「そうだ」と呟いて、こちらをじっと見つめるのです。
「私が君の夢を訪れようか」
 その言葉に、言いようのない幸福と痺れるほどの寒気が体に走ったのです。自身に起こったことに戸惑い、口を開けずにいると、その人はふふと微笑みました。
「君が心から望むなら、願うといい」
 そう言って、その人は去って行きました。
 今思うと、あの人が破滅の使者だったのではと思うのです。あのように美しい人に気にかけてもらえるならば、あの人以外の全てを放り出しても構わないと、そう思ってしまうほど、あの人は魅力に溢れた人でした。破滅とは、避けられないというより、避けがたいと思う形で現れるのではないでしょうか。ああ、今思うと、惜しいことをしたのではとも思うのです。あの人の誘惑にのり、あの人に我が運命をもてあそばれ、何もかもをめちゃくちゃにされる。それもまた、とても幸福なことだったのではと。
 ええ、そうです。私は願いませんでした。あの人にもう一度、夢でいいから会いたいと願っていたなら、今ここにはいないでしょう。なぜ願わなかったのか、それは私にもわかりませんが。いえ、きっと、あの人の言い方とは逆になりますが、あの時は既にそこまで進んでいたというのが原因なのでしょう。あの時あの人に出会った時には、既に手遅れだった。私があの人の誘いを受けられる分岐点は、もっとずっと前にあったのです。

 美しい人に出会って以降は、ほぼ毎日、タコが夢に現れていたと思います。その度にささやかな予言を授けてもらい、翌日にはその予言に沿った出来事が起こっていました。そんな日々を過ごしていると、段々、私はタコの予言に沿った行動をするようになりました。
 タコの姿は、日によって違っていました。恐らく、私はあらゆる種類のタコを見たことでしょう。更に言えば、タコの大きさも段々と大きくなっていたと思います。
「こんばんは、あの時あなたに食べられたタコです」
 この声だけはいつも変わらず、一定の声音、トーンであるのに、タコの目が回転すると、その声は厳かで逆らい難く、聞くだけでひれ伏したくなるようなものになり、その声で予言を伝えてきます。それを聞くと、もうその言葉に従うしかないと思ってしまうのです。
 そうして日々、予言を聞き、その予言に沿った生活を続けていたのですが、段々、予言の出来事に遭遇した後の記憶が朧げになってきているのです。その出来事があった後も確かに動いて、見聞きをして、飲食をしてと、生活をしているはずなのに、その記憶がどうにも、朧げで。気が付くと夢の中でタコに会い、予言を聞き、朝を迎えているのです。周りのものに聞いても、普段通りだったというものが多いです。一方で、ぼんやりしている様子だったという者や、急に口数が増えたという者、顔色が悪くなったという者などもいます。段々と、その時間が長くなっているような気もしているのです。私が、私として意識して生活している時間が減って、一日が随分短くなったように思うのです。
 私がおかしくなったのだと、そうお思いでしょう。私もそう思うのです。私は私ではない何かになりつつあるのではないかと、漠然とそう思うのです。
 そして昨晩、遂にこう言われたのです。
「明日、運命が訪れる。お前は我が神殿へ参るのだ」
 それを聞き、目が覚めました。恐らく、私はこの後、タコのおっしゃるところの運命に出会うのです。そして、私は遂にそこへ招かれる。きっとそれ以降、私は二度と私としては目覚めないのではないかと、そう思うのです。この予言を恐ろしいと思う私と、ついに来たのだと歓喜する私がいるのです。予言を恐ろしいと思う私は消え、そして歓喜する私が今日から私となるのです。
 だから私は、運命に遭遇する前にとここに駆け込んだのです。全てを話して、誰かに私を記録してもらいたいと、そう思ったのです。
 私に起こったことを、全て、ここに。
「そうか。では、記録しておこう。私を振り切って、今日に至った君の褒美として」

 朝一番に駆け込んできた患者の話を聞いていると、突如患者は目を大きく開く。そして、怯えたような、しかしどこか恍惚とした気配もありと、複雑な表情をこちらに向ける。名前を呼びかけるが、しばらくの間反応はなかった。気絶したのか、或いは死んだのかと確認しようとしたところで、患者は立ち上がった。
「ああ、ああ! 運命が、運命が来る!」
 そう叫ぶと、患者は手荷物を全てそこに残して、診察室から飛び出してしまった。
 その後、その患者は行方不明となり、ただ最後の診察記録だけが残った。

ある日『夢に「あの時食べられたタコです」ってクトゥルフが出てきてお告げしてくるKutulu』ってワードが浮かんだものの、それをKutuluのシナリオにする力が私にはないので小話にしました。

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