ある二人の話

和風ファンタジーシリーズ第一話。気分的にはじゃんぷとかの週刊少年誌の第一話とか読み切りみたいなのを目指してた。

 世界の果ての島国、かつて大陸の大国相手に、自らを日の生まれし処と名乗ったところから、ヒショウと名乗りまた呼ばれる国。その国の、少し古い時代。他国との交流があまり盛んではなく、武士と呼ばれる階級に属する者達が政治を執り行う時代。
 これはその時代の、とあるところ、とある人々の話。

 大通りを男が歩いていた。年の頃は二十か、それより少し下くらいだろう。黒い髪を緩く結っているだけの男は、薬売りのようだった。それも行商人の類だ。背中にある木箱と、旅装からそうと見受けられる。そんな男が、人でごった返した大通りを、すいすいと縫うように通り抜けていく。
 笠をかぶっているその男は、大通りに面したある店に入る。呉服屋だ。そこに入ると、呉服屋にしては人が少なく、中には若い男女がいるだけだ。柔和な顔つきの男は商品である反物を棚から棚へと移動させていて、目つきの鋭い女は算盤を弾いている。
 その二人を見て、笠を取り、男は女の方に近寄る。
「どうも」
 男が声をかけると、算盤を弾いていた女が顔をあげる。男の顔を見ると、おやと目を丸くする。
「あれ、寛和(かんな)じゃないか。いつも隣にいる生臭坊主はどうした」
 女が訊ねると、行商の男、寛和は苦笑する。
「別にいつも一緒ってわけじゃないんですけど」
「さて、そうだったかね。まあいいよ。あの男とは気が合わないし、顔を合わせないで済むならそれが一番だ。それで、今日は何の用だい」
「ちょっと路銀がきついんで、お仕事のあてでもないかなって」
「あれ、借金の金策じゃないの?」
 言葉を挟んできたのは、商品を移動させていた男だ。
「それはあっちにやらせてます」
「あ、借金はあるんだ」
「保延(ほうえん)だけですよ。僕は関係ないんで」
「わー、保延も遂に寛和に見捨てられたかあ」
「このまま縁切っちまいな」
 楽しそうに笑う女に、寛和はそれはできないのだと苦笑する。
「できたら、まあ、ちょっとは楽になるんですけどね。でもできないし、する気もないんで。ひとまずこの後の路銀くらいは稼いどこうかなと」
 寛和の言葉に、女は不愉快だと言いたげに表情を曇らせる。
「ふうん。そうかい」
「ええ。そういうわけなんで、簡単な化け物退治か、もしくは猫探しとかそういうのはないですかね」
 すると、女は傍らにあった台帳を手に取り、ぱらぱらとめくる。
「残念ながら猫探しはないね。化け物退治は……、まあ、面倒なのが多いな。弥代屋(やしろや)からもあるし」
「弥代屋さんのは勘弁で」
「そうかい。じゃあ、これとか」
 女が見せた内容に、寛和は少し顔をしかめ、ため息をついた。
「まあ、確かに、僕向けですけど」
「じゃあそういうわけで、よろしく」

 所変わって。とある小間物屋に、珍しい人物がいた。禿頭の坊主だ。墨染の衣は着古しているのか、擦り切れている部分もある。旅をしているのか、乗り上げている足には脚絆が巻かれているのが見える。そんな男が、情けなく手を合わせ、頭を下げていた。
「頼む!」
 対して、その男の前にいた男、こちらは狐のような風貌だ、彼はころころと笑う。
「頼むと言われましても。そういうのは、ほれ、寛和様にお頼みすれば」
 すると男は、やや頭をあげ、真面目な顔でだめだという。
「寛和には今回は関与しないと言われた」
「あれ、遂に縁を切られましたか」
「それはない」
「寛和様も苦労しますなあ。それで保延様、頼むと言いますが、私も金貸しではないので」
 そう言いながら、狐のような男は台帳をめくる。
「まあ、働いて稼ぐしかないでしょうが」
「この際どぶさらいでもやるから、何かねえか」
「さてさて、どうでしょうねえ。借金が三十万ガンでしょう? それを埋めるだけの依頼は早々ありませんよ」
「ひとまず五万とか十万とかでもいいからよ。何かねえのか」
「少なくともどぶさらいでは無理ですねえ。さて」
 狐のような男はぱらぱらと台帳をめくっていくと、やがて一枚の紙を破り取り、禿頭の男、保延に渡す。
「五万の報酬で一つ。しかも保延様でもできそうなお仕事です」
 そう言われ、保延は紙に書かれた内容をよく読む。そして、読み進めるごとに顔をしかめていく。
「化け物退治じゃねえか」
「ええ。ですから、保延様でもできそうだと」
「どっちかというと寛和の領分じゃねえか、これ」
「目撃談では大きめの猪という話ですし、それなら保延様でもどうにかできるのでは?」
 にこりと笑う男に、保延はため息をついた。
「仕方ねえ。これしかねえんだろ」
「今紹介できるのはそれしかありませんね」
「なら、引き受けよう」
「それでは、よろしくお願いします」

 借りた槍で下草を払いながら、寛和は鬱蒼とした森を進む。気が進まないためか、歩みはゆっくりとしたものだ。そんな寛和の傍には、ゆらゆらと揺れる光る球体があった。それが寛和の足元や周囲を照らしているようだった。
 道を進みながら、寛和は何度目かのため息をこぼす。これからのことを思うと憂鬱なのだ。
 この森のどこかに、化け物がいるのだという。それを捕まえるか、倒すかしてほしいと、そういう話だった。化け物退治は寛和の得意分野ではあるが、しかし積極的にしたいものでもない。
「会話できる類だといいなあ」
 寛和がそうこぼすと、傍で揺れていた球体から子どものような声が聞こえてくる。
「かんな様、それはむつかしいのでは?」
 どこか舌っ足らずな言葉づかいだ。
「どうしてそう思うんだい、ロウト」
「だって、ああしてごず様のところにおはなしがあったということは、すくなくとも、お会いになられた方は、会話ができなかったということでは?」
「姿形に驚いて、確認を取る前に逃げたかもしれないじゃん。僕はそっちに賭けるよ」
「そうだとよろしいですね」
 話をしていると、遠くで何かの鳴き声が聞こえる。うおおんと聞こえたそれは、狼などの遠吠えとはまるで違う音だ。
「あっちかな」
 寛和は槍をくるりと回し、飛び上がる。そのまま近くの木を文字通り駆け上り、頂上に立つ。鳴き声の聞こえた方に顔を向け、腰につけた袋から取り出した筒を目に当てる。それから少しして、寛和は筒を袋に戻し、小さく何事か呟くと、手に持っていた槍を投げた。そのままでは落ちるはずの槍は、鳴き声の聞こえた方向に飛んでいった。それを見て、寛和は木から駆け下りる。
「ロウト、帰っていいよ」
「よろしいのですか」
「奇襲したいからね」
「でも、ナギがありませんが」
「先に行かせた。というか、先客がいるみたいだから、そっちの助っ人だね」
「おや、どなたが?」
「そこまでは見えなかった。とにかく急ごう。稼ぎを取られちゃ路銀が作れない」
「なるほど」
「というわけだ。ロウト、お前は帰れ」
「はい」
 そう言ったかと思うと、光る球体は唐突にそこから消えた。辺りは夜闇に塗りつぶされる。
「ガンケイ、左目に」
 寛和は一度まばたきをし、そのまま走り出した。暗く何も見えないはずだが、見えているかのように森を駆け抜けていく。時間が経つと共に鳴き声は近くなる。また、あわせて何かが何かを斬り、抉り、振り回す音も聞こえてくる。その合間に、微かに人の声が聞こえることもある。その声に、寛和はおやと思う。だが大して考えることもなく、走り、鳴き声が一層近くなったところで一度立ち止まる。
 その場に伏せ、近付いていくと、どうやら崖になっているらしく、その下で大きな獣と人らしきものが対峙している。人の手には、先程寛和が投げた槍があった。それを見て、寛和はどういうことか察し、そこから飛び出した。

 大きな猪が出たという場所に保延が向かうと、確かにそこにそれはいた。三メイほどの大きさで、額らしき場所に黒い石のようなものが見える。そこから赤い筋が伸び、目や耳の周囲に模様のようなものを作っている。明らかに大きくなりすぎた猪といったものではない。
「やっぱり寛和向けの案件じゃねえか」
 舌打ちしつつ、保延は灯籠をつけていた棒を近くの崖に向けて投げる。棒は崖に刺さり、辺りをほのかに照らす。ただ、明かりとしては心もとない部類だ。そのため、保延は何度かまばたきをし、目を慣らす。
「あー、一応聞くが、言葉はわかるか? しし殿」
 保延が獣に向かって声をかけるが、それが何かいらえをすることはない。どころか、どこか興奮した様子で、足を地にこすりつけている。
「だよだだよな、わかってたとも」
 ため息をつきながら、保延は獣を見据えつつ、右手を腰に回す。
「死んだらごめんな、寛和」
 その直後、獣が雄叫びと称してもよさそうな鳴き声をあげ、突進してくる。それを横に飛んで避け、右手を振る。その右手から飛び出た何かが獣の足に当たるが、刺さるまではいかなかった。獣はある程度いったところで身を反転させ、再びうおおんと叫びながら保延に向かってくる。再びそれを避けるが、そう何度も避けられるものでもないだろうと保延は予感していた。逃げるのなら崖を駆け上がるしかないが、しかし崖を獣が上れないという保証もない。この手の獣はなんでもありで、こちらが予想したことなどことごとく裏切るのだと、経験上知っているのだ。
 どうしたものかと思っていると、何かが空を切る音が聞こえ、次の瞬間、保延と獣の間に何かが突き刺さるのが見える。槍だ。古い時代の装飾がされているその槍を、保延はよく知っていた。
「ナギ、ってことは、寛和がいるのか!」
 途端に保延の表情は明るくなり、その槍のところまで走り、それを引き抜いた。
「貴様、ホーエンか!」
 槍から声が聞こえるが、保延は気にすることなく、槍を獣に向けて構える。
「ホーエン、誰の断りを得て」
「お前も寛和から、誰か知らんが手助けしろって言われて飛んできたんだろ。だったらちっとの間、使われてろ!」
「ぐっ、貴様と知っていれば、カンナ様も投げなかったに」
「無駄口叩いてる暇はねえ」
 突っ込んでくる獣に向かって飛び上がり、額の辺りにある黒い石に槍を突き出す。だが弾かれ、吹き飛ばされる。弾かれる寸前、黒い石の前に浮かんだ模様を思い出し、舌打ちする。
「ナギ」
「無理だ。あれはワシより硬い。術式も壊せん」
「おう、わかった」
 返事をしながら着地をし、転進しようとしている獣に向かっていく。保延はあるところで槍を地面に突き刺し、飛び上がる。獣の真上まで飛び、その背中に手を向ける。すると袖の下から何かが飛び出し、獣の背中に突き刺さった。途端、獣が悲鳴のようなものをあげるが、気にせず着地をし、槍を回収、獣に向かって振るう。槍の穂先が獣の皮膚を削り、そこから黒い血が流れる。獣が暴れ、保延に向かってくるのを再び避け、槍で獣の足を突く。獣が再び悲鳴のようなものをあげ、保延から距離を取る。
「おい、何をした」
 槍から声がするが、保延は応えず、槍を構える。獣は保延の様子を見ているようだ。
「ちっと頭が回るやつか。そのまま突っ込んでくれりゃいいものを」
「おい、何をしたと聞いてるだろうが」
「お前何か出せたよな」
「火は出せるがここでは不向きだぞ。それより、何をした」
「雷とかは?」
「それはワシの領分ではない。だから何を」
「わかった。寛和が来るまではこのままだな」
 そう言うと、保延は獣に向かって走り出す。槍を突き出した姿勢で、そのまま獣に向かって突撃する形だ。しかし、もう少しで槍の穂先が獣に当たるというところで、頭上から物音がし、保延の手から槍が抜ける。槍は獣の鼻先を掠めながら、上に向かって飛んでいった。
「はあっ!?」
 保延が驚いて声をあげ、頭上を見上げる。そこには、二十代そこそこに見える若い男の姿があり、その手には先程まで保延が握っていた槍がある。槍の穂先には炎がまとわりついている。
「一点突炎」
 若い男はそう言ったかと思うと、槍を獣に向かって投げる。槍は獣の背中に刺さり、そこから炎が上がり、獣を焼いていく。獣の悲鳴が上がる中、若い男は保延の隣に降り立った。
「やあどうも、保延。奇遇ですね」
 気軽に話しかける男に、保延はため息をついた。
「なんでお前が出てくんだよ、寛和」
 彼の言葉に、若い男、寛和は苦笑する。
「それはこちらの言葉なんですけどねえ。なんでここにいるんですか、保延」
「俺は、その、金策で弥代屋に」
「弥代屋さん? えー、じゃあ僕もそれ掴まされたかな」
「ああ? 弥代屋はお前の話なんざしてなかったが」
「そりゃしないでしょうよ。受けたのは弥代屋じゃないし」
「どこだよ」
「獄卒屋さんとこですよ。路銀稼ぎにいいのないかって聞いたら、化け物退治を頼まれて」
「あー、なるほど。そりゃ掴まされたかもな」
 そうやって二人が話している間にも、獣の体は燃えていく。悪臭でもしそうなものだが、二人の顔は涼しいままだ。
「これ、取り分どうなるんだ?」
「とどめを刺したのは僕だから、僕の方が多いんじゃないですかねえ」
「早い者勝ちかもしれねえぞ」
「そうだとしても、僕の方が早いですから」
「なあ、ちっとこっちに回してくれねえか」
 保延がちらりと寛和の方を向き声をかけると、寛和はにこりと笑う。
「今回僕は関与しないとお話ししましたよね?」
「なあ寛和ー、寛和様ー」
「あなたに甘い顔をするのはよくないと、ここ五年できっちり学びました。僕は今回、あなたが例え捌かれることになろうとも関与しないと決めているので。頑張って自力で三十万ガン稼いでください」
「そこをなんとか」
「その間に僕は路銀を稼いでいますので。頑張ってください。保延」
 笑顔のままの寛和に、保延は肩を落とした。
 二人が話している間に、獣は完全に焼け死に、それと同時に炎も消え、あとは焼け焦げた獣の巨体と、それに刺さる槍だけが残った。
「そろそろ良さそうですね」
「復活とかねえよな」
「うーん、神格とかそういうものは持ってないただの獣のようですし、その心配はないでしょう」
 そう言いながら、寛和は獣だったものに近付き、槍を引き抜く。
「そういや、ナギ借りたぞ」
「ナギを使ってる時点で保延だと思いましたよ。ところで、ナギがどうやって装甲破ったんだって言ってますけど、装甲って、何かあったんですか?」
「ちっとどころでなく硬かっただけだ。術式で覆われてたみたいだから、おりゅう殿の針を使って術式を破壊した」
「えー、おりゅうさんの針使ったんですか。勿体ない。僕が来るまで待てばよかったのに」
「お前待ってたら死にかけたっての。っと、そうだ、なんか額のとこに、変な石がはまってたんだよな、そいつ」
 保延もそれに近付き、頭があっただろう場所を見る。そこには確かに黒い石が残っていた。
「これこれ。何かわかるか?」
 保延が指した部分を寛和も見る。途端、寛和は顔をしかめた。
「あー、これは。面倒なやつですね」
「人為的?」
「どちらかというと神為的ですかね。原因については、まあ、依頼に入ってないんで、今は放っておきましょう」
「いいのかよ」
「誰がこれをやったのかって調べるのは結構大変なんで。下手したら目つけられちゃうし。ひとまず、この石自体は破壊しておきましょう」
 寛和はそう言って、懐から短刀を取り出すと、その鞘を払い、短刀を石に向かって突き立てた。石はあっけなく割れ、かと思えばさらさらと崩れていく。そしてそれにあわせて、獣の巨体は煙のように消えていった。
「そっち使うってことは、触ったらまずいものか」
「ええ。保延が不用意に触らなくてよかった。ちょっとは学習したってことですか?」
「そりゃ、あんな痛い目見りゃな」
「それはよかった。僕も腹を抉られたかいがあったってもんですよ」
 ふふと笑いながら肩をすくめる寛和に、保延は苦みきる。
「あんときゃ悪かったって、言っただろ」
「数多い保延の失態で、かつ僕の数少ない武勇伝の一つなので、話題にしたいだけですよ」
「おい、数多いってなんだ数多いって」
「言葉の通りです。さて、一応坊さんを装ってるんだから、経でもあげたらどうです?」
 寛和の言葉を保延は鼻で笑う。
「俺の読経は有料だからな。最早形もないしし殿にあげる経はない」
「酷い生臭坊主だなあ」
「うっせ。終わったなら行こうぜ」
「そうですね」
 互いに頷き、二人はその場をあとにした。

なんちゃって謎解きとか入れようかなと思ったんですが、この二人がメインですよって感じと、あとは世界観が異世界江戸ファンタジー的な感じですって紹介だけにしようかと途中で思ってしまったため、戦闘だけになりました。お陰で話が色々中途半端ですね。
次回以降で出てきた二人の関係性とか、実際どういう人らなのかって話を出していきたいな。

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