黒川次郎の懺悔

Kutulu「見ると死ぬ鏡」の感想ふせったーリンクと、後日談(?)。
またこのキャラでプレイする予定があるので、今回は割とあっさり。

黒川次郎の懺悔

 これは、懺悔の言葉となるでしょう。
 私はある時まで、己の故郷で米作に勤しみ、いつかは嫁をもらい、子をなして、このまま一生をこの村で終えるのだと思っていました。
 しかし、私は村を出て、市街地で職を転々とし、最後にはカタギではない職についてしまいました。
 村に居続ければ、もっと穏やかな生き方ができたでしょう。
 でも、それは選べなかったのです。
 私は、あれに出会ってしまった。
 あれに出会ってしまったがために、私は、逃げなければならなくなった。
 あの忌まわしい出来事から、あの存在から。何もかもから逃げなければならなくなった。
 忌まわしい出来事、それは私の故郷で起こったとある事件。あの時から私の逃亡は始まりました。

 その年、私の故郷では、名主の左衛門が亡くなり、更にその葬式の直後に、新しい名主の徳造様、宮司様が相次いで亡くなるという事件がありました。特に徳造様、宮司様は一日おきに何者かに首を絞められ、池に浮かぶことになるという、明らかに何者かの手による犯行と思われる事件でした。当時の駐在が面倒ごとを嫌う性質でしたので、事件性はないと報告を出したのです。

 私は、その事件の真相の一端を知っています。
 恐らく、あれは、私がやってしまったのです。私自身、犯行時の記憶はありません。しかし、状況から見て、私がやってしまったとしか思えないのです。
 私個人は、徳造様にも宮司様にも何かしらの恨みを持っていたということはありません。それだけは誓って。しかし、きっとあの書物を見た時に、何か狂ってしまったのでしょう。もしくは、友人である寛太郎があの鏡を見た時に何かにとりつかれたのかもしれません。

 まず、徳造様が亡くなった日のことです。私は目が覚めると、なぜか蔵の前に立っていました。それは鏡を見つけた蔵で、一体なぜここにと思っていたのですが、それよりも異様なのは、私自身の様子でした。なぜか足に泥がついており、衣服が濡れていたのです。そうして、徳造様が亡くなっていると村の者らが騒いでいるのを聞いて、私はその時の状況から、何らかの関わりがあると思い、ひとまず泥を落として池に向かいました。遺体を見た寛太郎が言うには、徳造様が私の根付を握っていたと聞き、ますます私がやったのではと思っていました。
 その日、前日に徳造様がおっしゃっていた言葉に従い、宮司様に会いに行きました。そこで、突然宮司様が、目の前で亡くなったと思ったら、気が付けば翌日になっており、そして私は蔵の中にいました。そこでも私は、体に泥がついていて、全身が濡れていました。更に宮司様が亡くなったと言われて、私は最早自身が信用できなくなってしまいました。

 最終的には、恐らく原因だろうと思われるものを手放すことができたので、それ以来、私が目覚めたら蔵にいるということはありませんでしたし、泥がついていて衣服が濡れているということもありませんでした。勿論、池に誰かの死体があがるということもそれ以来ありません。
 しかし、私は最後に見たあの化け物をいつまでも忘れることができませんでした。恐らくあの化け物が鏡か書物、どちらかを通して私を操っていたのでしょう。だから、あれらを手放すことで操られることはなくなったと思うのです。それでも、時折あの化け物が夢に出てくるのです。化け物の触手に操られて、村の誰かを殺す、そんな夢を。

 結局、私は再びあの化け物に操られることを恐れて、その年の収穫時期が終わった後、村を出て、職を転々とし、最後にはこの場所に流れ着いてしまったのです。
 でも、これはこれで悪くはないのです。
 だって、今の場所であれば、たとえ私があの化け物に操られ誰かを殺したしても、きっと周りが自分を止めてくれるだろうから。

 村を出た日から、私の逃亡の日々は始まりました。あの化け物からの、そして、狂気からの逃亡。
 けれど、きっとそれは無駄だったのでしょう。私はあの化け物に遭遇した時から、狂い始めていた。
 少しずつ歯車が狂い、見えている世界の裏側にあの化け物達がはびこっている、その姿を見てしまう、認識してしまう。
 私の逃亡の日々は、その実■■■■□□□□■■□□■■■□□□

この後に続く文章は全て黒く塗りつぶされている

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