帰り道

インセイン「灰まみれのアダマント」テストプレイ時の感想ふせったーまとめと、小話。後日増えるかも?

帰り道
 ハービヒトとシーラに別れを告げ、アンべはまず、故郷に向かう馬車に乗る。行きは騎士団の馬を借りたのだが、異変について国境に報せに行くという者に「ついでに返しておいてくれ」とその馬を渡してしまったので、帰りは馬車を乗り継ぐしかないのだ。
 王都からアンべの勤務地である国境までは、馬車を乗り継ぐ方法だといくつかのルートがあるが、今回は故郷を通るルートにした。まだ片付けが残っていると聞いたので、それの手伝いをするためだ。幸いというべきか、アンべは所属騎士団の中での位は低い方なので、急いで戻る必要はなかった。寧ろ同僚達には、落ち着くまでは休んでいいと言われたくらいだ。同僚に恵まれたなと思いつつ、帰ったらその分こき使われるのだろうなとも思う。まあそこはお互い様というものだ。
 故郷での瓦礫撤去を数日手伝い、壊れてしまった両親の墓を直しておく。行方不明者も結局死者として弔うことになり、共同墓地はいつになく花が溢れている状態となっていた。行方不明者の中には友人もいたが、彼らがどうなってしまったかは一生心に秘めておこうと思う。
 滞在中、早速酒場では吟遊詩人が新王即位を祝う歌を披露していた。新王の容姿、人となり、経歴などを独特の節回しで歌っていて、今更ながら「はあ、そういうことやったんか」と思う。とはいえ、吟遊詩人が歌っている分は多少誇張が含まれている。既に背丈も含めた容姿がやや盛られているので、勤務地あたりに伝わる頃には、背丈は竜と同等くらいになっているかもしれない。歌の中では、即位前に竜と契約をするための冒険をしたという話もあったが、流石にあの事件の詳細については広まっていないようだ。吟遊詩人によって冒険の内容は変わっているので、「竜との契約のために旅をした」とだけ発表されたのかもしれない。

 片付けもひと段落した後、アンベは再び馬車に乗り、勤務地へ向かう。一日ごとに馬車を乗り換え、また数日かけることになる。
 途中宿泊した街で、度々吟遊詩人の歌を聞くことがあったが、やはり王都から遠ざかるほど描写は誇張気味になり、ゆったりとしたリズムになっていく。新王の背丈は人よりも大きいことになっていたし、その威光によって髪の毛が光ることになっている。本人が聞いたら困ったような顔をするだろうか。シーラの方は笑い転げそうだが。
 歌を聞きながら、光といえばとあの時に見た光を思い出す。自身の解術のこともあったし、流石に王と竜の契約など一般兵が見てもいいものではないだろうと、背を向けていたが、それでもあの場に満ちた光は忘れられない。七色が入り混じった奇妙な光が段々と白くなっていき、霧散していったのだ。きっと正面から見ていたら、美しい光景が広がっていたのだろう。しかし、アンベとしてはあの光だけで充分だった。
 あの光と、それから短期間ではあったがあの二人と行動を共にしたこと。彼らと言葉を交わしたこと。それらを生涯ただ一度の大冒険だったと、大事な思い出として抱えておこうと、そう思っているのだ。一般兵としてはもう退職していい年齢なのに妻子もいないし、両親以外の親戚を知らないので、誰かに語り継ぐこともないが、それで良いのだ。そもそも竜が体を留守にすること、留守にしていた間に体を盗まれていたことなど大スキャンダルだ。広めない方がいいに決まっている。体に残った痣と共に秘密にしておこう。
 胸にあった忌々しい結晶は解術をおこなった際に消えてしまったが、鱗の一部は痣となって残ってしまった。幸い、はっきり残ったのはあまり人には見られない胸のあたりなので、よほどの下手を打たない限りは見られることもないし、見られても言い訳はいくらでも思いつく。
 竜にならなくて本当に良かったと、残った痣を見る度に強く思う。止める手段がないなら殺してくれと嘆願するつもりだったが、危うく新王や国を守る竜にそんなことを頼む羽目になるところだったのだと、あとになってゾッとしたものだ。しかしそうはなってないし、鱗柄の痣は残ったがあとは元の通り、ただの人間となったので、何の問題はない。少しばかり、魔術が得意になったりしないだろうかと思ったが、そんなことはなかった。まあそれでいいとも思う。この歳で魔術が得意になってもあまり良いことはないのだ。
 勤務地に戻れば、あとは一年ほど働けば退職だ。体力的に衰えが見え始めたので、きりよく四十になったら辞めようと以前から考えていたのだ。勤務地の主任務は国境の監視ではあるが、隣国は離れた大陸にあるので、形だけの海上監視任務がほとんどで、時折近隣の山の獣を狩る以外は平穏に暮らせるだろう。思い返せば、今回のことは正に生涯最後にして最大の冒険だったと、一人笑う。
 ふと、去り際にリップサービスをしてしまったことを思い出すが、まあシーラは来たとしても、ハービヒトの方は来るまい。彼は王に即位したばかりで忙しいだろうし、いくらシーラを探すためとはいえ、国境付近までは来ないだろう。視察はあるやもだが、そういう時は平兵士の自分は遠巻きに見る程度なので、接触することもなかろう。寧ろあったら困る。
 そう思いながらぼんやりしていると、ついに「王の身の丈は人よりも大きく、小竜に匹敵するほど」と歌われるようになったのが聞こえ、アンべは他の客と同じく笑い声をあげ、「盛りすぎじゃろ!」と野次を飛ばしておいた。

 数日後、勤務地に無事に着き、通常勤務に戻ることとなった。周りからは勿論心配されたが、もう平気だと話せばあっさり納得してくれた。
 休み中の引き継ぎもあっさり終わったので、あとは平穏無事に過ごすだけだ。
「アンベ、おまさんに客やぞ」
「あ? 客?」
「おん。なんぞ、若い貴族っぽい坊ちゃんと、その妹かの、魔術師っぽい格好した女の子の二人連れ。王都で世話になったっち言いよんが」
「……は?」
 来るの早すぎんか?

小話については、退職年齢は自衛官が大体20半ば〜30半ばか、50代半ばのどちらかみたいな話があったので、それプラスこの世界観だとまあ40代手前はまあ退職年齢としては妥当では?と思って書きました。

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