ロビーを出て自室まで戻ったところで、ピートはどうしたものかと思う。
キョウが死んでしまった。レオが話していたのだ、嘘ではない。あれはそんな嘘をつくようなタイプではない。だから、真実そうなのだろう。
ピートがスパローに来たのは二年前だ。それから今日まで、キョウにはたくさん世話になった。その恩を返そうと、ピートなりにスパローでの雑務を手伝い始めたのはここ一年のことで、最近はできることも増えてきて、そろそろキョウの手伝いを頼むかもと言われていた、その矢先のことだ。
キョウが死んだ。それは受け入れるしかないことだ。そして、これから自分達はどうするか、それを考えないといけない。
レオは彼のパートナーだという男をキョウが後継を選んだと話していた。だがレオは嫌そうな顔をしていた。割と温厚でなんでも受け入れるような性質の彼があんなに嫌そうな顔をしていたのはかなり珍しい。普段レオがパートナーについて不平不満を言っている様子は見たことがないが、あんな顔をするなら何か問題があるのだろうか。いや、もしそうならキョウが既に手を打っているはずだ。それにキョウが後継にと選んだのなら、人柄としては問題ないはずだ。
であれば、あれはレオ個人の、感情だろうか。
感情。難しい話だ。自分だって、最初それを認知した時に戸惑ったし、その結果持ち場から逃げ出した。そこから色々あってキョウに拾われたわけだが、その後もしばらくは持て余していた記憶がある。
様子を見る限り、レオはそこまで自我がはっきりとあるようには見えなかった。口調や振る舞いこそあんな感じだが、それでもアンドロイドらしいところが度々あった。それこそ、キョウの後継だと紹介する時にあんな顔はしないし、こちらが不安にならないようきっぱりさっぱりと言うだろう。それが昨日までのレオだ。
だが、キョウが死んだことで何か劇的な変化があって、レオはあんな顔をしたのだ。
本当は言いたくない、だが言わなければならない、他でもない自分が言わなければ。
あの時の表情から察するに、そんなところだろうか。
ピートとしては、あの久慈という男がリーダーになっても別に問題はない。人間の代表というのは必要だ。何しろアンドロイドには人間が持つような権利がない。それに野良アンドロイドは摘発の対象になりかねない。外から見て、誰かしら主人らしき人間がいる、という格好がまだこの組織には必要だ。そういう意味では、それこそもう一人の若い男、浅田という彼でもいいくらいだ。キョウの代わりはいないのだから、それ以外なら誰だって同じだ。ピートはそう考えている。
だが他のアンドロイドはそうではないだろう。キョウでなければだめだという者もいる。キョウ以外ならニトかリトのどちらかに立ってもらおうと思う者もいそうだ。
そのニトとリトは、今は部屋にこもりきりになっているので、相談もできない状態だ。レオは「出てくるまでは放っておいてやりましょう。ご飯だけ差し入れしとくっす」と言っていたが、果たしてあの双子はいつ出てくるか。
果たして今後、スパローはどうなってしまうのだろうか。いずれにせよ、キョウもいた昨日までの組織ではいられない。変わらなければならない。できれば、悪い方向に変わらなければいいのだが。
ピートが考え込んでいると、ドアのノック音が聞こえた。
「はい?」
「ピート、今いいか?」
聞こえてきたのは、サグというスパローでは古株のアンドロイドだ。
「サグ? どうしたんだ」
ドアを開けると、サグの他に何体かのアンドロイドがいた。皆、物資調達や施設の管理などでキョウ達の手伝いをしていた者だ。
「皆揃って。どうしたんだよほんとに」
「ちょっとな。……ピートは、あの久慈って人間、どう思う?」
「……俺は、人間の代表ってのはいると思うから、別に、いいんじゃないって思うけど。サグは違う?」
「いや、私もおおむね似たような見解だ。レオは嫌そうにしていたが、アンドロイドと子どもだけでやっていくのは無理がある」
サグの言葉に少し安堵する。
「で、それは、他の奴らも?」
サグの後ろにいるメンバーにたずねると、彼らは頷いたり首を横に振ったりとそれぞれだ。
「あ、別に賛成派だけ連れてきたわけじゃないんだ」
「それは明日以降、いやもっと先でもいい話だからな。ここにいるのは、取り急ぎ私達が解決すべきと思う問題を認識しているメンツと言うか、それを解決できるメンツと言うか」
「というと?」
「明日以降の我々の活動だ。幸い生活だけなら、現状維持はある程度はできる。キョウ一人に全てを任せていたわけではないし、別にキョウの死は公表されたわけではないから、まだしばらくはキョウがいるように振る舞える。キョウがいつも物資を受け取りに行っていたわけではないし、我々だけで動いても問題はない」
それはそうだと頷く。
「だが、全体の管理をしていたのは最終的にキョウだ。私達では全体像がわからん。そこを把握しないと、最終的に行き詰まる。だから書類とか残っていないか、あと今後も踏まえてマニュアルをまとめた方がいいとか、そういうことを、このメンツで話し合ってた」
「えーと、それで俺に声をかけに来たのは? 俺、正直そこまで重要な仕事はしてないんだけど」
「でも買い出しとかは行ってただろ。明日までとはいかないが、できればこの数日中にある程度の形にはした方がいい。そのために人数が必要だ」
そう言った後、一拍置いて、更にサグは続ける。
「正直、あの久慈という男は今はそれどころではない。キョウの後継と言っていたから、キョウが調査しようとしていたことをまず優先するはずだ。だからそれ以外を、元々のメンバーである我々がやらないといけない、と、私は思った」
「それに賛同したのが僕たち」
と、後ろについていた一体、ヨゴロウが言う。
「ピート、そういうわけだ。手伝ってくれないか?」
改めてサグにそう言われ、ピートは少し考えを巡らせた後、頷いた。
「わかった、手伝う。レオも呼ぼう。全体像に近いところを見てる可能性がある」
そう言うと、サグは少し面食らった顔をした。
「レオは、今はそれどころじゃないだろ。あの様子だと、多分、今、すごい取り乱してるだろうし」
恐らく、先程のレオの表情から、彼が自我のようなものを得たと、サグも感じていたのだろう。
「そうだとしても、ここで仲間外れにするのは違うだろ。それに、俺達だけでやって、あとでレオに違うって言われたら二度手間になる。そういうの、キョウが見てたら何やってるんだって言われる。俺達、キョウなしでスパローやってかないといけないんだ。キョウに怒られるようなやり方じゃまずいだろ」
そう言うと、サグは少し黙り込んで、やがてため息をついた。
「……そうだな。レオには悪いが、本当の緊急事態だ。手伝ってもらおう」
「その方がいい。あいつ、今どこにいるんだ?」
「さっき久慈って男の部屋から出て行ったの見たぞ」
「であれば、自室にいるだろうな。ピート、声をかけてきてくれるか? 私達は資料室に行くから」
「わかった」
レオの部屋の前に着き、ノックをする。
「はい、どちら様でしょう」
返ってきた外向けの返事に、部外者がいるからかと思いつつピートだと返す。すると、すぐにドアが開いた。
「ピート? どうしたんすか、こんな時間に」
「悪いな。明日もお前忙しいだろうけど、ちょっと手伝ってくれ」
「それはいいっすけど、何を?」
「キョウがいなくなったんだから、明日からキョウなしでスパロー運営するために、色々整理しようって、サグが」
すると、レオは一度目をまたたく。
「……えっと、今から?」
「そう。今から。お前もそうだけど、あの久慈って人間、明日もどうせ忙しくて、スパローの運営方法とかメンバーの把握とかしてる時間ないだろ。で、そもそも俺達だって全体像わかってるわけじゃないから、説明のしようがない。だからあいつが正式にここに所属するまでの間に、最低限形つくっておこうって話」
「はあ」
「で、ニトとリトはこの時間だから呼べないけど、お前なら問題ないだろ。というわけで、強制的に招集だ」
そう言うと、レオは少し考え込んだ後、頷いた。
「了解っす」
「助かる。じゃ、ついてきてくれ」
レオが頷いてくれたので、そのまま資料室に向かう。
資料室に着くと、既にサグ達が資料を広げてああでもないこうでもないと話していた。
「レオ連れてきたぞ」
「ピート、ありがとう。レオ、ピートから話は聞いたか?」
「大体は」
「なら説明は省く。ピートはこっちで請求書分けてくれ。レオはこっちで資料作り。あと、ニトかリト、どちらかに聞いていい内容かも分けてくれると助かる」
「っす」
それから黙々と作業をしていたが、時折誰ともなく声をあげる瞬間がある。
「誰だよこれ分類ごちゃまぜにしてるの」
「キョウでは? 最終的なところ、彼が判断してたし」
「いや流石にそれは言い過ぎでは」
「レオー、これってキョウがやってたやつ?」
「え、どれっすか。……あー、多分、キョウ? ちょっと自信ないから、明日リトに聞いた方がいいかも」
「物資調達リスト、これで合ってるかな」
「どうだろうな。サグ、どう思う?」
「ん? ……多分? いや、待て。菓子ってこれわざわざ分けるやつか? 食料に突っ込んでいいんじゃ?」
「どうだろう。お菓子は人間の生活には不要不急の部類では」
「でもニトとリトにはおやつ必要だろ」
「キョウはどっちでやってたんだろ」
「どっかにないか?」
「わざわざ分けるの面倒だからって食料に突っ込んでそう」
「ドーナツ屋の請求書どこに入れられてる?」
ああでもないこうでもないと話しながらやっていると、自然とキョウの話も出るようになる。
「あ、この日。ニトとリトの誕生日で、ケーキ買ってきた日じゃん」
「あの日のじゃんけん白熱したよな」
「キョウにもじゃんけん参加させたねえ」
「これって新しいやつが来て、シーツが足りないってことで急いで買いに行った時のやつだよな」
「拾ったって連絡してほしいのに、急に連れてくるんだもんなあ」
こんな調子で、残っている書類や請求書の日付を見て、この日はああだったこうだったと、それぞれ話す。その内、キョウはこうだったああだったと、それぞれが見ていたキョウの話になる。
「キョウってさあ、言葉が足りない時ない?」
「あった。なんか、自分で完結してるっていうか?」
「こっちはアンドロイドだからある程度察せる時もあるけど、やっぱ言ってほしいよな。レオもそういう時なかった?」
「うえっ。え、えーと」
「答えづらい?」
「いや、なんか、俺、あんま汲み取れなかった気がする、って今思っちゃって」
「それは伝わる言い方をしなかったキョウが悪い」
「えー、そんないない人を悪く言うのは」
「いいだろ、今しか言えないんだから」
「今この瞬間すら、キョウの偉大さを感じてるところだからな」
「この更に後だと、美化しちゃいそうだし」
「いなくなった人間、美化されやすいって人間も言うしな」
「それこの前見たドラマのセリフでは?」
「人間が作ったもんだから人間が言うようなもん」
「あはは」
「あとさー、あいつ、自分がしたいようにしろみたいなこと言うじゃん。あれ、最初困らんかった?」
「わかる! こっちは感情なんて抱えて手一杯なのに、そこに更に選択を自分で!? ってよくなった」
「レオは未だに困ってるよな」
「知ってると思うっすけど、選ぶの苦手なんで」
「未だにそうだよなあ。ドーナツ、そろそろ好きなのできた?」
「……一旦砂糖かかったやつってことで」
「それ最初に遠慮して選んだやつだろ」
「特別に思ってるのは事実っす」
「まあお前がそう言うならそれでいいかあ」
「逆に聞きたいんすけど、皆どうやって選んでるんすか」
「その日の気分」
「……俺には一生難しい気がするっす」
「がんばれ〜」
「まあ見かねて、こうしたらって提案してくれることもあったけどね」
「それも本当にこっちがガチで困ってる時だけな」
「自主性を重んじすぎだろ俺達のリーダー!」
わっと笑い声をあげて、それから一気にシン、と静まり返った。
「明日からどうなるんだろな」
「どうなるにしても、スパローは続けなきゃ」
「キョウもきっとそう望んでるし。望んでるから、後継なんて言って、俺達にとっては見ず知らずの人間をレオに紹介させるし」
「あれは俺が勝手にやったことで」
「でも、あの場だとレオが説明するのが最適解、って思ったんだろぉ」
「久慈って人、レオからは詳しく聞いてなかったけど、どんな人?」
「……まあ、いい人ってのがこれまでの印象っすね。ちょっとさっき色々あって、色々、そう、色々あって」
「言いづらい? それなら聞かないけど」
「言語化が難しいってところっす。なんか、こっちが恥晒してでもここにいろって言っとかないと、いつの間にかどっか行きそうな、こう、なんか、こう」
「あー、わかったわかった。そういうことな。じゃあ、レオは無茶しないように見てないといけないってところ?」
「俺はそう思ってるっす。久慈さんは、余計なお世話って思ってるかも」
「まあまあ。俺達にはまだ人間のリーダーが必要だから、頑張って引き止めてくれ」
「ニトやリトがいるから、レオ自体はちょっと無茶したくらいでも平気だしな」
「あ、でも全損はやめろよ。今日も結構ヤバかったけど、アレ以上はほんとまずいぞ」
「善処します」
レオの返事に、誰かが苦笑するのが聞こえた。
「それいよいよ危ない時は飛び込むやつだろー」
「まあいいけどね。それがレオが選んだことなら」
その言葉に、レオが密かに息をつくのを見つつ、ピートは先程まで思っていたことを口にする。
「さっきのレオ、キョウが見たら喜びそうだな。あんなにアンドロイドらしさが抜けなかったレオがこうなって」
「……そんなわかりやすく変わりました?」
「一年以上付き合いがあるやつはわかるだろ。お前があんなに嫌そうな顔してたの、初めて見たぞ」
「否定できないっす。なんか、初めてあんな感じになったというか」
「お前も持て余す側になったかあ」
「そういう意味ではここにいる全員が先輩だから、なんでも相談しろよ」
「……じゃあ、無茶をしそうなパートナーを安全なとこに縛り付ける方法とか」
「それは模索してくれ」
「私達には荷が重い相談だ」
「ちょっとー」
話をしながら作業を続け、夜明け頃。流石に一時間か二時間程度でもシャットダウンをした方がいいと、レオを部屋に返した。
「やっぱ、レオは抜きにしたほうがよかったんじゃ?」
誰かがそう言うが、別の誰かがいやと否定する。
「こういう時ってさ、やっぱ一人はちょっと、ってなるよ」
「レオはキョウと近かったしな」
「あとさっきの態度から、久慈って人とキョウの話はしてなさそうだし」
「スパローやってる時のキョウなんて、久慈って人とは共有できなさそうだもんな」
「だから、必要だったよ。レオは勿論、俺達にも」
「あー、葬式的な?」
「故人を偲ぶ会のが適切では?」
「どっちでも一緒だろ」
「そうだな」
「ニトとリトが出てきたら、あの二人とも話さないとな」
「そうだなあ」
ふと、沈黙が落ちる。
「頑張ろうな、俺達」
その言葉に、全員が頷いた。
どうしたって、もうキョウはいない。だから、自分達がここを守らないといけないのだ。