リバウンド11 変な女との待ち合わせ

たまには平日にデートでも、という話。

 センリから連絡が来たのは十月に入ってからだった。連休のことについての謝罪と明日から休みをもらえるという内容のメールを見て、誠治はふと思いつき、電話をかけた。三回目の呼び出し音でぶつりと音が入る。
「今いいか」
『全然大丈夫! この前はごめんね』
「気にするな。明日から休みなんだよな」
『うん』
「明日の晩はあいてるか」
『あいてるよー。何か用事?』
「ああ。飯でも行かないかと思ってな」
『そういうこと? いいよ。いつくらいにどこに行けばいい?』
「明日仕事が終わったら連絡するから、それから最寄りの駅に来い」
『わっかりましたー。じゃあまた明日』
「ああ」
 電話を切ると、誰かが背中を叩く。見ると、浅田正彦が愉快なことを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「彼女さん?」
「……まあ」
「明日デートなんだ」
「それがどうした」
「いやね、小山田さんが平日にデートかあって思って」
「悪いか」
「悪いなんてことはないよ! いやあ、人って変わるなあって。やっぱり恋は偉大だよ」
「なんの話だ」
 時々この男はよくわからない話をしたがるのだが、今回もどうやらその話のようだ。
「だって小山田さん、前は絶対平日にデートとかしなかったじゃん。ここ一年は特に。誰か付き合ってるって話もなかったし。なんか、思い詰めてた感じだったじゃん?」
「そうか?」
 そうだっただろうかと、昨年の今頃のことを思い出そうとするが、いまいち思い出せない。記憶にもやがかかっているような、ぼんやりとした何かを思い出しはするが、それ以上の詳しいことは全く思い出せないのだ。
「そうそう。それが、今年の夏くらいから急に元の小山田さんに戻った感じだったから、きっといい人に出会ったんだなあとは思ってたんだけど、いやあ本当によかった」
 男の言葉に、誠治は違和感のようなものを覚える。
「急に?」
「え、うん。なんか、いつだったっけ、週明けに急に前の小山田さんに戻ったって言うか、そんな時があったんだよ」
「いつか覚えてるか?」
「えー、いつだったっけ」
 頭をひねる男を眺めていると、その男の向こうに古沼蔵人の姿が見えた。捕まるとまた何か言われるだろうと、誠治は踵を返す。同時、浅田が己を呼ぶ声がしたが無視した。あの男には犠牲になってもらわねばならないのだから。

 翌日。仕事を早めに終わらせて帰ると、既に指定した場所にセンリがいた。しかし、どうもいつもと様子が違う。
「あ、小山田さん。お疲れさま」
「ああ。今日は黒いな」
 指摘すると、センリはああこれとスカートの端をつまむ。いつもは白いスカートだったが、今日に限って黒いスカートだった。
「仕事中にあのスカート使うことあってさ。そしたら汚れちゃって」
「捨てたのか」
「いや、クリーニング中。綺麗にならなかったら、ご隠居に新しいの買ってもらおうと思ってるし」
 その言葉に一瞬引っ掛かりを覚える。
「ご隠居?」
「ん? ああ、幼馴染。前に話したじゃん。ほら、プレゼント探し手伝ってもらったやつ」
 そう言われて記憶をたどって、ようやく思い出した。確か、幼馴染の男で、時代劇のごっこ遊びをやった結果そう呼ぶようになったと話していた気がする。
「ああ、そういえばあったな。……なんで幼馴染がお前の服を買うって話になるんだ?」
「ご隠居に頼まれた仕事のせいで汚れちゃったからね。それで新しく選んで買ってくれるって」
「その幼馴染が選ぶのか」
「そうだけど。……お、もしかして、小山田さんヤキモチ?」
「そんなんじゃねえ」
 とは言ったが、内心ちょっと面白くない気持ちはある。料金を払ってもらうだけで良くないだろうか。
 しかしそれをはっきり口にするのは癪なので、時計をちらと見てセンリに背を向ける。
「あ、ちょっと」
「行くぞ。店が閉まる」
 それを口実に歩き出すと、「照れなくていいのに」という言葉の後に足音が続き、センリが隣に並んだ。
「ふふ、ヤキモチかあ。小山田さんも年相応に可愛いところあるねえ」
「違うって言ってるだろ。そもそもお前とそんなに年は変わらんだろうが」
「おっとそうだったね。それにしても、ご隠居にヤキモチとはねえ。でも本当に、ご隠居とはただの幼馴染というか、あれはもう兄弟というか、家族って言うか……。いや、それは近すぎるな。近すぎて燃やされちゃう。うーん、幼馴染も本当はギリギリ燃やされちゃう距離だから、ギリギリ燃やされない感じの、何かなあ。友達? でも友達はちょっと遠い気もするし」
 べらべらとセンリが話しているのを聞き流していると、どうにも妙な言葉が聞こえた。
「なんで近すぎると燃やされるんだ?」
 思わず口を挟むと、センリがあっと声を漏らす。ちらりと見ると、彼女はばつの悪そうな顔をしている。
「どうした」
「あー、失言だったなって」
「燃やす云々が?」
「うん。はあ、だめだねえ。黒い服はついうっかりしちゃう」
「は?」
 参ったと頭をかく姿はどうもいつもの彼女らしくない。どうしたのだろうかと見ていると、センリはどこか違う場所にやっていた視線をこちらに向け、人差し指を口に当てる。
「小山田さん、今の言葉は秘密にしてね」
「燃やされるって?」
「いや、私は燃やされないよ。単純に秘密にしといてって話。まあ大丈夫。帰る頃には忘れてるから。ね?」
「その根拠はなんだ」
「そういうことになってるから。だから、秘密ね」
 そう言って、センリは三日月のように口を歪ませて笑う。
 その笑い方は誰かに似ていた。

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