リーナ・キソーができるまで1

皇帝陛下になる前の話その1。この話には児童虐待の描写があるので、苦手な人向けにあらすじを用意しています。

サギィ・スナメリは葵ヶ原の西端にあるヤク沙原(さはら)で生まれ育った。ヤク沙原は名前の通り沙地であり農作物などはあまり育たなかったが、いくつかの国と国境を接していること、蒼塩山脈に比較的登りやすいルートの入り口であったことから、商業的に栄えていた。分野ごとに商人組合があり、その商人組合の取りまとめと所属する商人達の庇護を行う竜家達が実質この地域の支配者であった。サギィの生まれたスナメリ家は塩以外の鉱物を扱う商人達の竜家であり、ヤク沙原の竜家の中では中堅くらいの序列に位置していた。
サギィは人間で言うところの次男であったが、家庭内の序列としては父母兄妹に続いて五番目であった。彼は魔力があまり強くなく、大出力の魔法を扱えないためだった。そのため、序列が低いがゆえに家族皆に甘やかされて育つこととなった。
竜という種族は、甘やかされるということは弱いということであると本能的に理解しているため、これは場合によってはかなり屈辱的なことだが、幸いサギィは弱いことを受け入れる度量を持っていたので、素直に育ったように見られていた。
しかし、サギィは他の竜と違う点があった。それは彼が前世の記憶、それもこの世界ではない別のところで竜として生きた記憶があることだ。その頃と比べれば、自身が格段に弱くなっている自覚もあったし、そもそもサギィは甘やかされることが少ない前世であったので、寧ろ新鮮な気持ちで家族からの扱いを受け入れていた。前世では死んでしまった兄妹とも仲良くでき、気にかかることもほとんどないので、今回の生を楽しんでいた。
しかし、サギィには一つだけ気にかかることがあった。それはとある竜とまだ出会えていないということだ。
前世で縁が深かったその竜は幼馴染であり最愛であり、故にサギィは彼女に付き従って生きたが、結局正式に番にはなれず、子を残すこともできずに生を分たれたのだった。
サギィはそれを徐々に思い出していき、そうしてその最愛と再び出会えたらと思いながら日々を過ごしていたのだが、今世は前世と違って竜の数は多く、また生息地も広い。相手の家の名前から近くに住んでいる、あるいは生まれそうだが、本来滅多に顔を合わせることのない序列にある。
出会えるとしたら道端とかだろうかと、少し消極的かつ悲観的な考えでいた。

そういえば、前世では何かと運がいいと周囲に揶揄されていたなと、サギィは思い出す。
そんなことを思い出したのは、現在の状況のせいだ。隣には父、目の前にはサギィ個人としては馴染みがあるが、今世では初対面の龍。蛇に近い姿で、とぐろを巻いているために全長はわからないが、それでも頭が見上げるほどの高さまであるのだから、それなりに大きい龍だ。黒い鱗がぬらりと照明の光を反射し、角度によっては七色に見える。
「蒼塩山脈および葵ヶ原の管理と統治をおこなっている、ソーニ・キソーだ。ヤク沙原のスナメリ家ヨスィ、そしてその息子サギィよ、よくぞ参られた」
「はっ」
畏まる父を真似して頭を下げると、ぽんと頭に何かが触れる。驚いて顔を上げそうになるが、勝手に頭を上げていいかわからず、ひとまずそのまま固まっていると、カラカラと笑う声が聞こえる。
「噂通り、大人しく聡明なようだな。普通はここで頭を上げるものだぞ」
「ソーニ様、私の息子で遊ばないでください」
「そんなつもりはないんだがな」
そう話している間に何かが頭から離れる。そして楽にしていいと声がかかったので、頭を上げる。先程頭を触られたのでムズムズするが、目の前で鱗舐めはまずかろうと我慢してると、黒い龍が人間に近い姿になる。黒髪に黒目、しかもどこか眠そうな表情のそれは、やはりかつて見慣れたものと同一だ。
「別に鱗を舐めてもいいんだぞ」
「いえ、流石に失礼になるかと」
そう答えると、ソーニは苦笑する。
「なるほど。ヨスィが手がかからなすぎて困ると言っていたわけだ。賢すぎるのか、或いは前の記憶があるかだが、サギィ、どちらだ?」
それにどう答えたものかと一瞬悩むが、この龍が己の知る者と同一なら、下手に隠すとこじれるかと判断し、さっさと話すことにした。
「生まれるより前の記憶がありますね」
「ふむ。それは魂か肉体か、どちら由来かわかるか?」
「恐らく魂由来かと。この世界以外の記憶があるので」
「となれば、呼ばれた魂か。まあ詳しくは聞かないでおこう。お前の体がもう少し頑丈になったら聞かせてもらうかもしれないが」
「今でなくともよいと?」
「ああ。幼子にあまり負担をかけるのは良くないからな。これは忠告だが、以前の記憶があると、稀に肉体と魂が分離することがある。魂が過去の肉体に戻ろうとするそうだ。体が頑丈になり、魂と肉体がよく馴染めばそれはなくなるから、それまでは過去を思い出す時間は減らしておけ」
「はあ」
「納得してなさそうだが、そういうものだと覚えておけばいい。さて、ここからは大人の難しい話だ。サギィは過去の記憶があろうと、今は幼子。ヨスィが呼ぶまで外で遊んで来い」
そう言って、ソーニはサギィを追い出してしまった。
外で遊んで来いとは言われたが、サギィとしては遊び相手がいるわけでもないので、ひとまずその辺を歩き回ることにした。もしかしたら、前世の幼馴染に会えるかもしれないと思ったのだ。何しろ、幼馴染はあのソーニの娘だったのだ。それに年齢差的にも、そろそろ彼女が産まれていてもおかしくない時期だ。もしかしたらまだ赤子かも知れない、見れたら後々からかいの種にできるかもと、サギィはワクワクしていた。
そうして歩き回っていたが、ふと何か気にかかるものがあり、その感覚に従って進むことにした。歩くにつれ、明らかに竜の気配が減り、他家の者が入ってはいけないだろう領域に入っている気はしたが、サギィは幼子だと言われたしと開き直って進んでいく。
その内、体感的に地下深くと思われる場所に着いた。光が入らず、真っ暗な空間で、サギィは照明魔法を使って先に進むしかなかったのだが、その照明魔法すらいつもより出力が弱い。怪訝に思いながら進むと、一際暗い場所に行き着いた。照明魔法も更に光量が落ちてしまい、そのためサギィの二歩先は完全な暗闇となり、足を踏み出すのもためらわれるほどだ。
『誰だ?』
突如声が聞こえた。くぐもっていた上、この世界の言語ではなかったが、サギィにはその言葉がわかった。
『吏穏(りおん)だな?』
声をかけると、足音が聞こえる。そして、彼女が現れた。人間で言うところの三歳児程度の大きさで、衣服はなかった。黒々とした髪は地面を引きずるほど伸びており、しかしろくに手入れをされていないようで、べったりとしている。表皮も垢にまみれていて、とても健康的な生活を送っているようには見えなかった。
「な」
『その声、砂霧(さぎり)か? お前もこの世界に生まれていたのか。というか、世界はあるんだな』
『あ、ああ、勿論。オレのことは見えてないのか? 今灯りを持ってお前の前にいるんだが』
『あー、それで明るいのか。悪いが、もう少し光量を落としてもらえるか? 長年暗闇に住んでるから、明るすぎると目が眩むんだ』
『わ、わかった』
サギィは慌てて照明魔法を小さくする。ほとんど蝋燭の火にも劣る光量になったところで、彼女、吏穏は目を開けた。
『ほんとに砂霧だ。久しぶりだな』
『あ、ああ。久しぶり、という前に、聞いていいか?』
『なんでこんなところに、か? それは俺もわからん。吏穏としての意識が目覚めた時には暗闇の中にいたし、体の感覚から今三歳くらいだということはわかるんだが、それ以外のことは何も』
『そうか。とりあえず、ここはキソー家の地下深くだと思う』
『葵蒼家? またあの家に生まれたのか』
『正確にはキソー家だ。お前の知る葵蒼家とは多分違う。お前の親父殿は竜体を隠しもしないし、家自体の雰囲気も明るかった。それに、この家の周りは砂漠じゃない』
『……へえ。そうか。ということは、違う世界なんだな』
『ああ。オレも、ただの砂霧ではなく、サギィ・スナメリって名前になってる』
『お前がわかる範囲でいいから、この世界のこと、教えてくれないか?』
『わかった。まずどこから』
「誰だ!」
突如聞こえた怒声にびくりと肩を揺らす。一方、吏穏はそれに動じることなく、ため息をついた。
『時間切れのようだな。砂霧、またいつかここに来てくれるか?』
その声に、らしくなく寂しそうな響きを感じて、サギィはかつてないほど血が沸騰しそうな怒りを感じた。
『絶対、何が邪魔をしようとここに来る』
『そんな無茶はしなくていいんだが』
『無茶はする。オレは、いつだってお前が一番大事だ』
そう言って、声の方向を向く。そこには怒りを露わにしたソーニがいたが、サギィは何一つ恐れない、寧ろ勇敢に立ち向かう心持ちでいた。それはこの時、サギィよりも砂霧としての感覚が強すぎたせいもあった。
「どうしてここに」
「歩き回って辿り着いただけだ。それよりも、彼女はなんだ。どうしてここにいる? 見たところまだ三歳くらいだ。それなのにろくに世話もされてない。なんなんだ、あんたは、今度は彼女に何の罪があるというつもりだ!」
半ば吠えるように言えば、ソーニは怯んだ様子を見せた。それにやや違和感を持ちつつも、サギィは吏穏の前に立ち、ソーニを睨みつける。
「落ち着け。彼女については説明をしよう。その様子だと、君は彼女について知っているんだな?」
「前世では婚約をしていた」
「なるほど、それなら、その怒りは正当なものだろう。だが俺が怒っている理由も正当だ」
「監禁され世話もされていない幼子を見つけられたことへ? それのどこに正当性があるというつもりだ」
「彼女は俺の娘だ。俺達番の大事な」
「大事というなら、なぜこんな仕打ちをする? それとも、キソー家での子育てはこれが通常だと言うつもりか!」
「サギィ! 抑えなさい!」
言葉と共にサギィを押さえつけたのは、父ヨスィだ。
「父上! 離せ! オレは、吏穏をこんな劣悪な環境に置いたコレが許せない!」
「それは父も問いただそう。ただ、今のお前は誰だ? お前はサギィ・スナメリ、ヨスィ・スナメリとナクトール・カルドニスの二の息子だ」
そう言われている間に、サギィは自身の体に違和感を覚えてしまった。いつの間にか竜体に変貌している上、いつもより視点が高い。魔力もいつもより容易に動かせる気がする。こうではない、まだ自分はもう少し小さく弱いはずだ。
そう認識したところ、体の感覚が急激に元に戻る。そこでヨスィとソーニ、双方が安堵した様子になった。
「危なかったな。体から半分魂が出て、違う竜になろうとしていた」
「そうですね。しかし、前世で婚約者であった者がこのような様子では、それも仕方ないと思われます。ソーニ様、改めてお聞きしますが、彼女は何者で、どういったわけでこのような様子なのでしょうか?」
ヨスィがサギィと同じく怒りを滲ませた様子で問いかけると、ソーニはため息をつく。
「本当は、誰にも知られたくなかったが仕方ない。上で話すでもいいか?」
「吏穏はこの世界の言葉をまだ理解してないので、ここで話してください。逐一オレが吏穏に説明します」
「俺の娘はそんな名ではないのだが」
「当人からその名前を聞いてないので」
すると、ヨスィがギョッとした様子でソーニを見る。
「まさかまだ名付けの儀式もしてないのですか?」
「……そうなる。しかし、できない理由がある。彼女は、素喰いなのだ」
「モトグイ?」
聞き慣れない言葉だと思っていると、ヨスィが渋い顔でこちらを見る。
「簡単に言えば、ありとあらゆるものから魔力を吸い上げる体質のことだ。それこそ、魔力を留めておける生物からも吸い上げてしまう。だから、本来なら素喰いは生まれた時に殺さなくてはならないが」
「できるわけないだろう。やっと生まれた我が子だぞ」
「多くの親がこう言って、匿ってしまうわけだ」
ソーニの言葉にヨスィはそう続ける。
「つまり、本来なら吏穏は殺さないといけないけど、あんたの一存でこうして封印してると?」
「端的に言えばそうなる。このことは、妻にも知らせていない」
「そういえば、奥方は数年前から公の場に出てきていませんね」
「この子を素喰いだからと取り上げて以来、狂ってしまった。彼女は愛情深いから、卵の頃から肌身離さずにいた。その頃から、生まれてくる子どもが素喰いの可能性は高いと思っていたが、どうしても卵を割ることができず」
「それで、生まれてきた子が実際素喰いであったから、規範に則り殺そうと取り上げ、奥方はそれが理由で心を病み、あなたは殺すことができず封印したと」
「抱き上げた時に、目を合わせてしまったのが良くなかった」
「そうですな。しかし、このままでも良くはないでしょう。まだ幼いし、名を与えていない上にここに封じているから成長も遅いとして、それでもあと数年もすればその封印すら喰うようになる。そうなれば」
「わかっている。わかっているとも。何度もキソー家の長として正しくあろうとした。けれど、だめだった。だめだったんだ」
「であれば、他者に任せるべきでしたな」
「それもやろうと思ったが、どうしても土壇場で頼んだ相手を殺してでも止める予測しかできなかった」
「そうでしょうな。私でもそうします」
二人揃って手詰まりだと言いたげに沈黙したので、サギィはここまで聞いたことを吏穏に話した。すると、彼女はなんだと笑った。
『父上にしては間抜けな話だな。しかしそうか、俺は魔力を吸う体質だったか。それならこの措置も納得できる。とはいえ、話しかけるくらいはしてほしかったが』
『もっと愛情が湧くと思ってたんじゃないか?』
『なるほど。そういうデメリットもあり得たか。以前の父上ならそれはないと言えたが、あの様子の父上ではなあ』
『どうする? お前が殺してくれって言うなら、今オレが殺すけど』
『いや、それには及ばんよ。ひとまず、それならそれで俺も何かしら考えよう。ただ、それをするにもこの世界での名前が欲しいな。今だと過去の感覚が強すぎて、どうも自分の魔力が掴みきれない』
『わかった。それは伝えてみる』
頷き、サギィは二人の方を見る。
「吏穏としては、過去の経験もあるから、素喰いに関してはどうにかできるかもしれないそうです。ただ、それをするにはこの世界での名前が欲しいと」
「素喰いに名を与えると、より暴走するという通説があるのだが」
「彼女は名前がないゆえに自分の魔力を掴みきれてないから、そのために名前が欲しいと言ってます」
「しかし」
「いえ、ソーニ様、名は与えましょう。簡易の名付けの儀ならば、前世持ちなら半分は前世の感覚が残ると聞きます。それに、名付けの儀をしなければ彼女はあなたが手を下す前に死にます。そうなって後悔はしたくないでしょう」
「え、そうなのか」
ソーニがギョッとしていると、ヨスィは重々しく頷く。
「時折、彼女が二人いるように見える瞬間があります。恐らく魂が体から離脱しつつある。離脱してしまえば肉体も死にます。なので、どうしても手を下せないなら、このまま放置という手もありますが」
「そうなったら、オレは彼女の後を追います」
「息子もこう言っていますから、できれば彼女の存命を優先して、名を与えてやってください」
すると、ソーニは少し考えた後に頷いた。
「わかった。俺も、娘を衰弱死させたくはない。ヨスィ、立ち会いを頼むぞ」
「わかりました。本来なら家格が足りませんが、今回は略式なので引き受けましょう。差し当たって、奥方を連れてきていただいても?」
「ああ。少し待っていてくれ。妻と、あと必要な道具を持ってこよう」
そう言ってソーニがその場を去る。彼の姿が消えたところで、サギィはヨスィの方を向く。
「名付けの儀式って?」
「そのままの意味だよ。この子にこの名前を与えますと宣言し、魂と肉体の結びつきをより強くして魂離れを防ぐための儀式で、本来なら自分達の家格に近い家の者に立ち会ってもらうんだが、今回は略式だから、僕が立ち会うことになる」
「略式でも、吏穏は助かる?」
「当座を凌ぐくらいかな。五年くらいはどうにかなると思うけど、その五年後までに彼女が素喰いを制御できるかどうか」
『吏穏、タイムリミットは五年くらいらしい。いけるか?』
訊ねると、彼女は少し考え、首を横に振った。
『断定はできない。そもそもこの世界の一年がどれくらいの長さかわからんからな。あと、名をもらって、この世界へのアクセス権を得てからじゃないと、魔力の掴み方自体がわからんからな。それ次第でも変動するし』
『一番楽観的な予測だと?』
『知っている時間の経過で、知っている暦で、かつ魔力の掴み方もかつてと変わらないなら、一年あればというところかな』
なるほどと頷いたところで、ヨスィに声をかけられる。
「サギィ、彼女はどうするって?」
「一番楽観的な予測だと、一年くらいで制御できるって」
「一番楽観的な予測か。その反対は?」
『五年はギリギリかな』
「え、吏穏、言葉わかるのか?」
彼女がヨスィの言葉に答えたのに驚いていると、吏穏も驚いていたし、何ならヨスィも驚いていた。
「今、僕にもわかる言葉で聞こえたよ。多分、君の共鳴感応のお陰だ」
そう言われ、先日発現した固有魔法というもののことを思い出す。限られた特性を持つ竜のみが扱える魔法を固有魔法と呼び、サギィが使えるようになった共鳴感応もその一種なのだという。共鳴感応は、前世でいわれていたテレパシーに近いもので、しかし砂霧が知るものより使い勝手は悪そうだったのだが、まさか吏穏との通訳に使えるとは思わなかったと、サギィは驚いた。
「この場合、オレが聞こえてる言葉が誰にでもわかる言語に直されて周囲に伝わってる感じ?」
「そういうことだろうか。残念ながら、僕は共鳴感応については詳しくないから」
『共鳴感応が何のことかはわからないが、少なくともこれで話すには困らなさそうだな。えーと、サギィの父君、でいいのかな』
「ええ。ヨスィ・スナメリと言います」
『よろしく』
ヨスィが手を差し出したので、吏穏はそれに応じて手を握ると、ヨスィは暗い表情になる。
「キソーの一の娘であるあなたが、このように痩せ細っているとは。もしキソーで暮らしづらくなったら、我が家に来てください。あなたが良ければ、サギィの婚約者として迎え入れますので」
『それは、まあ、ありがたいが。しかし既に婚約者がいるのでは?』
『この世界では、生まれてすぐに婚約を決める制度はないから、今はフリーだぞ』
『へえ。ということは、焦らなくてもいいくらいの頭数はあるのか』
「前世では竜は少なかったのかい」
「そうだな、少なくとも、国を作れるだけの数はなかった。オレの生まれたところは砂漠の合間の谷に集落を作って暮らしてたし、吏穏も砂漠の果てにある洞窟を利用した砦で生まれ育ってた」
「そうか。その辺りも、いつか聞かせてほしいな。君の前世と今の世界はだいぶ違うようだ」
「わかった。まあ、思い出せる範囲になるけど」
「それで構わないよ」
『なんなら、俺からも話そうか』
「そうですね。その時はよろしくお願いします」
そう話していると、遠くから女の声が聞こえて来た。
「ソーニ様、ソーニ様、私、卵を温めないと。あの子が寒がってしまうわ。私達の可愛いあの子が」
見ると、ソーニが一人の女を連れている。黒髪で、額には白い角がある。心なしか顔は吏穏に似ているが、吏穏とは違い、一目で女だとわかる。
「名付けの儀式の練習だ。前に話してただろう」
「……ああ、そうでしたね。今日はその日でした。でも、卵が」
「すぐに終わるから、辛抱してくれ。……待たせたな。妻のカノンだ。それと、紙と墨を持ってきた」
ソーニはそう言って、紙と墨をヨスィに渡す。ヨスィはそれを受け取ると、墨で床に模様を描き始める。
「手伝おうか?」
「大丈夫だ。これは僕がやらないといけないことだからね。説明をしておこうか。簡易とはいえ、名付けの儀式では、親と子を立会人の魔力で繋ぐ必要がある。この陣に僕の魔力を込め、これで三者を繋ぐ。繋がれた状態で、親が陣に魔力を流し、子の名前を告げる。僕はそれを聞いたら、子どもを囲っている陣にその名前を書き込み、更に子ども自身にも名前を書いてやる。今回は簡易だからここまでだね。正式版は、更に手順がいくつかあるけど、それについてはまた今度」
『本当に世界に繋ぎ止める術式なんだな。それ、多分親じゃなくてもできるやつだ。サギィは覚えがあるんじゃないか?』
『俺は魔法は得意じゃなかったからわからん』
「前世の話は程々にね。特にあなたは不安定なのだから」
『承知した。儀式が終わるまでは大人しくしていよう』
話している間にも、ヨスィは陣を描き終わり、紙に何かを描くと、それをソーニに渡した。
「簡易のものなので、アンカーとしては五年くらいが限度です。それまでの間に、彼女自身がどうにかしてくれることを祈りましょう」
「……そうだな。すまないな、片棒を担がせてしまって」
「寧ろ光栄なことですよ。カノン様、そちらに立っていただけますか」
「はい。あの、あなたは?」
「名付けの儀式の練習として呼ばれました、ヨスィ・スナメリです」
「スナメリ家の。あら、でも練習はお爺様がやると」
「ハルマーゼ殿は急用が入られたとのことで、代理を探したら、丁度挨拶に来ていた彼が引き受けてくれると言ってくれたんだ」
「そうでしたか。では、よろしくね」
「はい」
「これが子どもの名前だ」
ソーニが紙に何かを書いてヨスィに渡す。恐らく、吏穏の名前のつづりだろう。
「確かに。では、お二方はそこに。サギィ、彼女をあの小さい円に」
カノンにあまり聞こえないくらいの声で指示され、サギィはそれに頷き、吏穏の手を取る。
「お前はこっちだって」
吏穏がこくりと頷くので、そのまま彼女を指示された場所に案内する。
「あら、あの子は?」
「私の息子のサギィです。折角なので見学をさせたいと思いまして」
「もう一人は?」
「カノン、あとで紹介するから、こちらを手早くすませよう」
「え、ええ、はい」
カノンがしきりにこちらを気にしているのに、ヨスィとソーニ二人がなんとか押しとどめているのが背後から聞こえてくる。
『これ、俺が娘だとバレるとまずいやつだと思うか?』
『あー、そうかも? 死んだと思ってる娘が目の前にいたら、普通は動揺するだろうし』
小声で話しつつ、リーナを小さな円の上に立たせる。途端、ヨスィが描いた陣が淡く光るのがわかった。見ると、ヨスィが陣に触れているので、恐らく彼の魔力が陣に流れたのだろう。
「では始めましょう。ソーニ様、カノン様、魔力を流し、子の名前の宣言を」
「我らの子の名はリーナ。ソーニ・キソーの子である」
「我らの子の名はリーナ。カノン・キソー・ハクランの子である」
二人がそう宣言し、陣に触れると、そこから淡い光が発生し、吏穏のいる小さい円に向かっていく。ソーニからは青白い光、カノンからは薄緑の光だった。それらが陣に沿って流れていくのを見ていると、ヨスィがこちらにやってきた。そして、持っている筆で文字を書いていく。陣と吏穏の腕、それぞれに『リーナ』と書き、ふうと息をつく。
「願わくば、あなたが長くこの世に在れますように」
ヨスィがそう言って、陣に触れる。途端、陣の上を走っていた光が吏穏の足元に集中し、彼女の足に絡みつく。絡みついた光が一際強く輝くと、その光はふっと霧散した。
「リーナ?」
そう声をあげたのは、カノンだった。彼女はふらふらとこちらに歩み寄ってきた。
「生きてたの? 私の、可愛い子」
「カノン、待て、待ちなさい」
ソーニが押しとどめようとするが、カノンは構わず歩き、吏穏に近付こうとする。ただならぬ気配に身構えていると、不意に吏穏がサギィの腕を掴んだ。
『サギィ、頼む、あの二人を近付けないでくれ』
見ると、吏穏は汗をだらだらと流しながら、片膝をついている。
『え、吏穏?』
『多分、俺の今回の名はリーナ、だよな。それで呼んでくれ。そっちの方が、多分』
『お、おう、そうだな。リーナ、どうしたんだよそれ』
『魔力の方は、まあ、俺の範囲はわかるようになったが、これはまずい。何もかも貪ろうとする。お前はまだわかる。砂霧だし、血は繋がってないから、別のものと認識できる。お前の父親も同じだ。だが、あの二人はだめだ。近すぎて、同一視して、根こそぎ取ろうとする』
『理屈はわからんがまずいのはわかった』
細かい理屈は彼女が落ち着いてから聞こうと思い、サギィはこちらに近寄るカノンと彼女を止めようとするソーニの方を向く。
「彼女が、このままではあなた達の魔力を根こそぎ取りかねないから、近付かないでほしいって!」
「構わないわ。その子のためになるなら、私は」
「カノン、やめなさい、また会えるから今は」
「嫌、嫌よ! 私の可愛い子! リーナ! 私の初めての子、初めて血と魂を分けた子。私の、私達の」
「彼女に親を殺させないでやってくれ!」
声を張り上げると、不意に周囲が閃光で白く染まる。見ると、カノンの額の角から青白い光が放たれている。
「どきなさい、ヨスィ・スナメリの子。私は私の可愛い子と生きたいの。その子のためなら、私は全ての魔力を捧げてもいい」
「あんたはそれでいいかもしれない。でも、それで残された彼女の気持ちも想像しろよ! 一人残されて、もしかしたらそれが原因で父親に恨まれるかもしれない、母親がいなくて寂しい思いをするかもしれないって、思わないのか!」
「ソーニ様は私よりも愛情深い方だもの。私がいなくなっても、私以上にリーナを愛してくれる」
「番より子が大事な竜なんているものか!」
過去のことを思い出し、気持ちが昂る。前世で吏穏の受けた扱いは、そもそもの発端として、吏穏が生まれた後に彼女の母親が死んだことに起因すると聞いていた。このままではまた前世と同じことになる、あんなことは一度きりで充分だろうと、『砂霧』は吠える。
「サギィ、落ち着きなさい!」
父の焦る声が聞こえる。心なしか視点も高い。恐らくまた体が変化しているのだろう。しかし、砂霧はそれでも構わないと思った。吏穏を守らなければ。
今世では扱ったことのない量の魔力がうねり、体を形成していく。それに合わせて、砂が空間に浮かぶ。それで吏穏の周囲を覆った。これでひとまず近付けないはずだ。
『砂霧、悪い。これは助かる』
『魔力由来だから、腹減ったらそれを食っとけ。お前が落ち着くまで、俺がお前を』
「サギィ、やめなさい! このままではお前がお前でなくなる!」
「構わない。リーナが、そこの二人を近付けるなと警告した。それを守らないやつを近寄らせないようにするには、今世の姿では足りない」
「近付けるなと彼女が言った理由は?」
「魔力の範囲はわかったが、何もかも貪ろうとすると。俺や父上は他者だとわかるからある程度抑えられるが、そこの二人は近過ぎて根こそぎ持っていきそうになると」
「なるほど。それなら彼女の主張の方が正しい。ソーニ様、カノン様、ご息女が大事だと言うなら、近付かないであげるのが賢明です」
「でも」
カノンは何か言いたげだったが、砂霧の作った結界を見て、結局口をつぐんだ。いつの間にか、彼女の角も光を失っている。落ち着いたのだろうか。
「サギィ、リーナ様にどこまでなら近付けるかお伺いを立ててくれ」
『だそうだが、リーナ、どうだ? どこまでなら、近付いてもいい?』
『お前の結界のお陰で、今の範囲なら大丈夫だ。ただ、結界がなければあと三十歩ほど離れてほしい』
聞いたことをそのまま伝えると、ヨスィがふむと考え込む姿勢を取る。
「サギィの今張っている結界は、強度はどれくらいとかわかるかい?」
「強度自体はそれほどでもない。ただ、内側と外側、両方からの衝撃を全部逃すようにしている」
「ああ、穴を開けないタイプか。どちらからも魔力が漏れ出さないようにと考えたら、そうなるか」
そうかもしれない。しかし砂霧は無我夢中でやったので、細かい理屈はわからなかった。
「ひとまず、サギィが作ったものと同質の結界を僕が作り直す。それから全員で話し合おう。勿論彼女も含めて」
「しかし」
「サギィ、僕は息子に別の誰かになってほしくない。こんな形で息子を失いたくないんだ」
『砂霧、俺もそれでいい。お前に今生を犠牲にしてほしくない』
『リーナがそう言うなら』
「リーナ様、ありがとうございます。それじゃあ、結界を作り直すから、少し待って」
ヨスィはそう言って、ふうと息をつく。途端、彼の周りに砂が浮かび上がる。砂霧と同じく、魔力で砂を形成しているのだろう。その砂を指先に集め、砂霧が作った結界より一回り大きく砂を配置していく。砂で線と呪文を描き、魔力で固定しているようだった。線が一周したところで、砂が青く輝き、その場に焼き付いた。途端、砂霧が作った結界を形成していた砂がその魔法陣に吸い込まれていき、薄く青みを帯びてはいるがほとんど透明な膜がリーナの周りに出来上がった。
「ひとまずこれでいいでしょう。リーナ様、居心地はどうでしょうか?」
『あ、ああ。大丈夫だ。多分これなら、そちらの二人も、もう少し近付いても問題ない気がする』
「それは様子を見ながらにしましょう。ソーニ様、カノン様、一歩ずつ近付いてください。リーナ様は、まずいと思ったら止めてほしいと声をあげていただければ」
その後様子を見つつ、どうにかリーナが魔力を吸いあげない距離を見極め、そこで話し合おうということになった。
カノンに現在の状況を一通り説明したところで、カノンがおずおずと口を開く。
「以前では、私は死んでいるの?」
「あなたかどうかはわからないが、母親は物心つくより前には既に亡くなっていた」
「それで、ソーニ様はあなたにひどい扱いをした」
『どうだろうか。この世界に住むあなた方からは酷いと思われるかもしれないが、あの世界のあの情勢ではまあ、やむをえないところもあったような』
リーナの言葉に、サギィはいやと否定を入れる。あれと他の者が同列と思われるのは、同じ竜として我慢ならなかった。
「いや、それはない。あの男は同族から見てもクズの部類だった。ソーニ様はあの男と顔も真体も一緒ですが、性格は全然違うので安心してください」
『そうだったのか?』
『俺は散々、あの男のあの態度はないと言い続けたのを忘れたのか?』
『……そういえば、そう言っていたこともあったような』
「とりあえず、今のソーニ様と比べるとだいぶ問題のある方だったと」
「うん」
ヨスィの言葉に頷くと、彼はなるほどと呟く。
「そ、そうなのね。それであなた、サギィは、私が死ねばソーニ様もそうなると思っている?」
「可能性はあると思っています。だから、できればあなたには死んでほしくない。ましてリーナのせいで死ぬなんてことは絶対に避けてほしいです」
「でも、私はリーナのお世話がしたいわ」
「気持ちはわかりますが、ここは彼女が制御できるようになるまで待っていただけないでしょうか」
ヨスィがそう言うが、カノンは「でも」と渋っている。
『いっそのこと、妹か弟でも作っておくというのはどうだろう』
リーナの言葉に、ソーニとカノン二人がギョッとした表情になる。
「な、なにを」
『その方があなた達は気を紛らわせることができるし、俺のことも放っておけるから丁度いいのでは? 前世では弟いたし』
「そういうことではありません! 私は、リーナ、あなたのお世話がしたいの。あなたのことを忘れるために二人目なんてことは考えられない」
カノンの言葉にソーニも深く頷いている。それを見て、リーナは不可解だと言いたげな表情だ。
「リーナ様、ひとまず、下の兄弟を増やしてっていう提案はだめということです。他のことを考えましょう。幸い、結界があればこの距離で話せることはわかっています。それも踏まえて、やりたいこと、やってほしいこと、欲しいものなどはありませんか?」
ヨスィがそう訊ねると、リーナは少し考える素振りを見せる。
『親にやってほしいこと……。特に思いつかないが』
『そこは親抜きで考えろよ。現状の不満とかあるだろ。例えば服が欲しいとか』
『確かに服は欲しい気はする。全裸で生活が当たり前の文化ではなさそうだし。あと、風呂とは言わんが、水浴びくらいはしたいな』
「そうだな。すぐに手配しよう。サギィ、リーナの入浴の介助をしてもらっていいか?」
「オレでいいんですか」
「君かヨスィしか今のところ適任者がいない。我々の手でやりたいが、近付けないし」
それはそうだ。
「わかりました。引き受けます」
『あと、髪も切ってほしい。流石にこの長さあると邪魔だ』
「それは私が引き受けましょう。サギィはまだ刃物を持たせるのは危なっかしい年齢なので」
「リーナ、他には何か、要望はない?」
自分達ができる範囲が狭いからか、カノンが声をかける。リーナはやや考え、首を横に振った。
『今のところ、それくらいあればどうにかできそうだから』
「いえ、リーナ様にはもう一つ、覚えなければならないことがあります」
ヨスィが口を挟むと、リーナは首を傾げる。
『……魔力制御の他に何かあったか?』
「言葉です。この世界の言葉がわからなければ、ずっとサギィを隣に置くことになってしまいますよ」
すると、リーナは目を丸くする。あれはかなり驚いている顔だ。
『そうか。そういえば、これはサギィがいるから成立してるんだったな。ふむ、そうだな、言葉は覚えないといけないか。ヨスィ殿が教師ではだめか』
「私でもできなくはないですが、できればソーニ様やカノン様から覚えた方がよいです。その家に伝わる言葉というものは、多少差異がありますから」
『そうか。それもそうだな。……魔力制御がある程度できてからでいいか?』
『言葉は最初から頑張ろうぜ。いつだってオレが一緒にいられるわけじゃないんだし』
『……わかった』
リーナが渋々頷いたところで、カノンの表情がパッと明るくなる。
「教材とか色々、用意しておきますね!」
『お手柔らかにお願いします』

それから半年。竜にとっては瞬く間といっていい時間が過ぎたが、リーナには大変長い道のりだったようだ。
まず、最初の一ヶ月はサギィはヨスィと共に二日に一度キソー家を訪れ、リーナの世話をすることになった。最初はサギィだけで行こうとしていたのだが、ヨスィが保護者らしいことをさせてくれと言ったので、そうなったのだ。ただ、単純に保護者としてだけでなく、どうも、前世で婚約者だったからと羽目を外さないかと心配されていたようだとわかったのは、定期的に通う必要がなくなった頃のことだ。
最初の一ヶ月が過ぎた頃、リーナは魔力を吸おうとする体質をある程度抑えられるようになった。ただし、魔法を使おうとすると相変わらず周りから吸い取ろうとするため、今度はそちらの制御が必要だという話になった。それについては追々の課題としつつ、ひとまず両親含め他者の魔力を吸わないようにはなったので、ここでサギィとヨスィはリーナの世話係からは外された。しかし、ソーニが商談と称して、一週間に一度はサギィとヨスィを呼び出し、名目である商談はそこそこに、リーナと面会して話を聞き、更にソーニとカノン両名からも話を聞き、両者の話をもとに、直近の目標や予定を決める役割をすることとなった。リーナ自身がまだ両親に対して隔意があるらしく、要望を正直に話せないこと、また両親も親子らしい会話とは、となって余計なことを考えてしまい、どうにも事務的な会話ばかりになってしまうとか。
そんな両者の仲立ちをして二ヶ月、つまりリーナと再会して三ヶ月経った頃、ヤク沙原が沙風季(さふうき)と呼ばれる砂嵐が多発する季節になってしまった。竜であれば砂嵐の中でも移動することは容易いが、そもそもヤク沙原に住む竜達は沙風季は基本的に各家にこもり、家族と団らんしつつ手仕事を行う期間と定めていたため、サギィの家も当然それに倣い、結果キソー家を次に訪ねたのは再会して半年、つまり今日となってしまったのだ。
久々に会うと、サギィ達がいない三ヶ月の間に何があったと、リーナは事細かに話してくれた。どうも色々と鬱憤が溜まっていたらしい。
世話係がリーナの世話をしていると、両親が度々顔を出してきては口出ししてきてちょっと過保護で煩いとか、それで世話係が畏縮するのか度々世話係が変わって面倒だとか、その両親は結構な量の課題を渡してきてこれくらいこなせて当然という顔をするが、前世持ちとはいえ三歳児に出す量ではないとか。
「大変だったんだなあ」
「なんというか、行動がちぐはぐなんだよな」
会わない三ヶ月の間ですっかり現代語を喋れるようになったリーナがそう愚痴ると、ヨスィがふむと相槌を打つ。
「正式に卵から生まれたところから世話をしているわけではないので、少し制御がきかないのでしょうね。それと、リーナ様が多少大人びているのも原因かと」
「しかし今更三歳児の振る舞いはできないというか、わからんぞ。というか、サギィはできるのか?」
「三歳児はできんが、年齢相応の振る舞いはできてると思う」
「うーん、ちょっと大人びてるかな」
即座にヨスィに訂正され、サギィは顔をしかめたし、リーナはそれ見たことかと笑う。
「頑張ってそれらしいタイミングで抱っことか言ってたのに」
「え、そうだったの」
ヨスィが驚いているので、その部分は問題なかったようだ。
「そうだったけど」
「あー、その辺はちゃんと年齢通りかも? え、もしかして、特に抱っことか必要なかった?」
「ちょっと恥ずかしいから自分から言うのは控えたいとは思ってた」
「そ、そうなの」
ヨスィがややショックを受けた様子だ。そういえばヨスィは何かにつけてサギィ含め子どもを抱き上げていた。
「別に抱き上げられるのは嫌いじゃないよ。前世ではそういうことなかったから、言いづらいってだけで」
そう言うと、ヨスィは安堵したようだ。
「抱っことか、俺は言い切らんなあ」
「ソーニ様には言いづらいだろうな。カノン様はどうだ?」
「母親がいた記憶がないから、そこもちょっと」
「その辺りは、時間をかけて認識を合わせていった方がいいかもしれませんね。ひとまず、教材の多さは私の方からもお二方に話しておきます。聞く限り、三歳の竜に与える量ではないので」
「頼む」

ヨスィがとりなした後は、リーナの課題は年相応に戻ったらしい。お陰で魔力制御の方に集中できるようになったらしいが、それでも難航したらしく、結局リーナが魔法を使えるようになるまでに十年もかかってしまった。
「吸おうとしちゃうならいっそそれで魔法を使えばいいって、もっと早くに気付けたらなあ」
ため息をつきながらそういうリーナに、サギィはもう少しゆっくりでも良かったのにと内心思う。
「気付いた後は早かったから充分だろ」
「そうだな。その辺はこれまでの成果もあってのことだから、まあ、必要な回り道だったと思うか」
「そうしとけ。で、今日はなんだ? オレだけ呼び出しってことは、前世関連か?」
「ん、そうだな。魔法が使えるようになって、改めて周囲の確認をしたんだが、もしかしてお前との関係を見直した方がいいのかと思って」
「関係を見直す」
「どうも配下の家の次男を気軽に呼ぶのは良くないらしくて、最近ちょっと周りが煩い。だから、両親と相談をして、一旦番候補ってことにしようかと。それでいいか?」
「……逆に聞くが、それでいいのか? それこそ直属の配下とかそういう扱いでもよかったんじゃ」
「お前が礼儀をわきまえていない振る舞いをしているのに目くじら立てる奴がいるから、その辺の牽制と、あと、まあ、横取り防止を兼ねて」
「横取り防止」
思わぬ言葉が出てきたと思っていると、リーナは真面目な表情で頷いた。
「番候補だと、実質俺の庇護下扱いになるらしくて、そうなれば俺目的でお前を害する奴が減ったり、勝手に圧力かけてお前の番におさまるなんてことができなくなるらしい」
「はあ。っていうか、番候補って、結局」
「前世と同じく、婚約者ってことになるな。俺としてはその方がいいんだが、どうだろうか」
どうだろうかと言われると、サギィとしてはありがたい話ではある。前世のこともあるので、リーナと気安い仲でいられるのは非常に楽だ。
「オレはいいけど、リーナはいいのか?」
「いいから提案してるんだ。あとはお前の返事次第」
「そういうことなら、じゃあ、今世もよろしく」
「ああ、よろしく」

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