ダンジョン関連限定の動画配信サービス、ダンダン動画のチャットつき公開、通称茶付公開の動画を再生すると、赤紫色の髪の毛、群青色の瞳の中には星という、まず現実には存在しない容姿の女性が姿を現す。
『はーい、皆さんこんにちはー! ダンジョンフェイク動画投稿者、星降メテオちゃんでーす! 今日も元気にフェイクをばらまくよ〜!』
容姿に相応しい明るい声音で彼女がそう言うと、次の瞬間に一度画面が真っ暗になり、そこに大きめの文字でテロップが出る。
『この動画はフェイク動画です。絶対に真に受けたり、真似したりしてはいけません! また、実在のダンジョン探索者の皆さんや行政の方には迷惑をかけないようにしましょう! これが守れない視聴者はメテオちゃんがバンしちゃうぞ☆』
それが二分ほど表示されると、画面が再び先程の女性と、恐らくダンジョンと思しき洞窟の画に切り替わる。ただ、画面の端には大きく『これはフェイク動画です』と書かれ、そもそも画面自体も『FAKE』という単語が半分透過された状態でいくつも表示されている。
『今日はとある洞窟型ダンジョンに来てまーす! こちらのダンジョンは、鍾乳石やそれに関するアイテム、また水属性の希少アイテムが数多く見つかることで有名ですが、モンスターもアイテムのレア度に相応しい強さから、中級以上の探索者しか入ることができません! 私は勿論初級探索者なので、これは上級探索者資格を持つスタッフに撮影をお願いしてます! スタッフさん、安全第一でモンスターの撮影お願いしますね』
カメラマンが頷いたかのように画面が一度縦に動く。それから、画面は再び切り替わり、地底湖と思しき場所に出る。普通ダンジョン内のこういう場所はひたすら暗く、水音、あるいは自身が踏み込んで初めて湖とわかるのだが、ここではありったけの光源魔法か魔道具を使っているのか、ライトアップされ、ただ美しい湖面が広がっているように見える。
『わー、綺麗な湖! ライトアップされてたらこれだけ綺麗だし、映え間違いなしなんだけど、ここは地中だしダンジョンなので、普段は真っ暗なんですよね〜。それに、ここでこういう風に派手にライト焚いてると……』
そこで音声が切れ、甲高い笛のような音が聞こえる。画面がバッと動き、大型のヘビのようなモンスターが現れる。
『はーい、こちら今回のゲスト、蛇型モンスターの一種、ジャイアントロープちゃんでーす! この大き過ぎる胴体が凶悪なだけのモンスターです』
画面が一度ジャイアントロープの解説画面に変わる。
ジャイアントロープは巨人の縄という名前に相応しく、ただひたすらに巨大で、全長は最小記録でも50m、最大となると4000mの記録があるほどだ。毒はないものの、鱗がかなり硬く、その硬い鱗を持つ巨大な蛇が暴れるだけで、地上では甚大な被害が出る。このモンスターの最悪なところは、地上どころかこういう洞窟にも現れることだ。洞窟型ダンジョンはジャイアントロープの寝床か通り道なのではないかという説もあるほど、洞窟型ダンジョンにジャイアントロープは現れる。しかも、洞窟に現れるジャイアントロープは、探索者の魔力を探知して近付くようで、今現れた個体も、地底湖のライトアップという魔力の無駄遣いと言われそうな行為によって、現れたのだろう。
『普段は上級探索者の方が鱗を弾き飛ばして切り刻んだり、爆弾を食わせることで倒しています』
画面が元のジャイアントロープが現れたものに戻る。
『でもでも、メテオちゃんのフェイクマジックでは〜』
次の瞬間、ジャイアントロープの体がぐにゃりと歪む。まるで巨大な手に掴まれたかのようだ。
『これをこうして、こう!』
次の瞬間、ジャイアントロープは見えざる手にぐにぐにと変形され、球状にされていた。それがギュッギュッと何度か伸縮すると、ジャイアントロープのあちこちから血が噴き出す。恐らく、何かによって外側から圧力をかけられたのだろう。
『はい! このように、ジャイアントロープおにぎりにしちゃった後、ギューッと絞ってしまいます! なんならこれで窒息も狙えるので、一石二鳥ですね!』
ニコッと女性が笑う背後で、ジャイアントロープがダラダラと血を垂れ流しているので異様な光景だが、これはこのチャンネルでは日常茶飯事なのか、コメントは特に動揺した様子はない。
:そもそもジャイアントロープをおにぎりにするって発想がねえんだよなあ;
:メテオちゃん、今日もわかりやすいフェイク動画で助かるなあ;
:このジャイアントロープの3Dモデル出来が良すぎんか?マジでモデル作ってる人紹介してほしい;
『今日はこれでおしまい! 皆さん、これはフェイク動画なので、くれぐれも! 真似しないように!』
女性がそう言ったかと思うと、画面が暗転し、そこに最初に出た字幕が再度一分ほど表示され、動画が終了した。
公開作業が終わり、彼は椅子に座ったまま伸びをする。半分白髪交じりの頭だが、その顔は若々しい。普段屋内で仕事をしているのかやや生白い印象だが、それなりに鍛えているのか、しっかりとした体格だ。目は琥珀に近い茶色で、この国の人間ではやや珍しい色合いと、特徴をあげるとやや奇妙な男だ。
その彼は伸びを終えると、今公開が完了したばかりの動画を頭から再生し始める。
「今日の茶付公開もオーケーだな。視聴者の反応もいつも通り。いやー、3Dモデルはなあ、難しいよなあ。実物だし」
そうこぼしながら、彼は動画をじっと見る。やがて動画を再生し終わったところで、彼の携帯電話に着信が入る。
「ん? ああ、ジルドか。なんだろ。……はい、こちらダスト。……え? ……はあはあ、了解。来週だな。詳細はダンガイの方に送ってくれ」
電話を切り、彼はため息をつく。
「来週かあ。撮影行く予定だったが、間引き作業が入るなら予定ずらした方がいいな」
そう言いながら、彼はスケジュール管理アプリを開き、ポチポチと予定を入れていく。
「あ、雑談配信予定に入れてる。ずらすか。……いや、雑談配信は夜だから、ギリギリいける、か? 時間ずらすか」
欧歴二〇〇〇年代初頭。突如世界中に穴、門などの何らかの入り口が現れ、そこから異界と言って差し支えないような別の場所へ移動できるようになる。その繋がった先の異界を古来からのファンタジー小説からとり、ダンジョンと呼称するようになった。
ダンジョンは異界と呼ばれるだけあって、元々の世界には存在しない生物、鉱物、道具などが存在していた。何より大きかったのは、ダンジョンの発生により、通称『魔力』と呼ばれる超常現象を起こすためのエネルギーが新しく発見されたことだった。この『魔力』によりダンジョン内外で『魔法』が使えるようになり、新たな技術として世界的に注目され、また各種技術の開発が日夜行われるようになった。
ダンジョンが現れて以降、未知なる素材による一攫千金を求めてダンジョンに人々が殺到するようになる。さながらゴールドラッシュならぬダンジョンラッシュと呼ばれた時代だが、命の危険は金採掘より多く、当初は数多くの犠牲者が出た。その内、ダンジョン探索者達による互助組織が生まれ、同時に国も参入しての制度の整備が行われ、ダンジョン探索者は一種の職業として定着していった。
そうしてダンジョン探索者が一種の職業として扱われるようになった頃、同時期に発展普及していったインターネットにて、とある動画配信サービスが始まる。既に存在していた動画配信サービスとは別種のもので、ダンジョン関連動画や配信をメインとしたサービス、ダンダン動画である。そしてこのダンダン動画の発展とともに、とある存在が生まれる。ダンジョン配信者である。このダンジョン配信者により、ダンジョン探索者は命の危険を伴う怪しい職業から、アイドル的職業へと変遷していく。
星降メテオもそのダンジョン配信者の一種とされている。ただ、彼女はダンジョン配信者としては異例のフェイク専門をうたっている。勿論ダンダン動画にはいくつかフェイク動画と呼ばれるものがあるが、これは制作者が視聴者に本物だと思わせるようなつくりになっている。だが星降メテオは最初から「これはフェイクである」と執拗なほどに宣言し、更に動画のどこを切り取られてもいいよう、動画の前面に「フェイクである」と注意書きをしている。お陰で、『安心安全な偽物だと楽しめる』と一部界隈では好評なほどである。勿論フェイク動画自体を忌み嫌う者も多いが、全体的には「まあ、星降メテオはずっとフェイクって言ってるからマシな方」と評価されている。
そんな星降メテオだが、彼女には当然ながら秘密がある。
まず、彼女は人間の姿ではないので、当然ながら中の人がいる。そして中の人はその実、女性ですらない。男性である。さらに言えば、その男性は上級探索者資格を持ち、それによって各種ダンジョンの内部を撮影しているわけだ。
そうして最大の秘密が。
ダンジョン内で撮影を終え、男はのんびりと移動をする。
今日はいい感じにキングオークが群れを率いてくれていてなかなかに画面映えするものになった、帰ったらアテレコをし、いつものように注意喚起の画像を入れれば次の新作動画としてあげられるだろう。
男は内心、そう考えながら、階段をのぼって上の階層に移動したその時だ。
「やばっ、人が!」
そう声が聞こえ、男が顔をあげると、ビッグボアがこちらに飛んでくるところだった。それを見て、男は周囲を確認する間もなく、慌ててしゃがみ、拳を地面に叩きつける。それと同時、ビッグボアと男の間に石柱が現れ、それがビッグボアの体を貫いた。そこでようやく男は周囲を確認したが、声の聞こえた方で、カメラ付きのドローンが浮いているのが見える。そしてそのドローンのすぐ近くで唖然とした様子でこちらを見ているのは、昨今ダンジョン配信者界隈でよく話題になる双子の探索者、川井ユキと川井ユカではなかっただろうか。
「え、何? ……メテオちゃん?」
どちらかがそうこぼしたのが聞こえ、男はそういえば幻覚フィルターをつけたままだったと思い出し、煙幕を発生させてその場から逃げ出した。
脱兎のごとく逃げ、人がいない箇所で幻覚フィルターを解除し、何食わぬ顔で探索者組合の移動ポータルから外に出て、やや早足で帰宅する。
そうして自宅に帰り、帰宅後の諸々を済ませた後、雑談配信のために買った防音室に飛び込む。
「やべえやべえやべえやべえ!」
男はそう言いながら、パソコンの電源をつけてエゴサを行う。
”川井姉妹の配信にメテオ映ってなかった?”
”なんか想像より身長の高いメテオちゃんいたんだが”
”いやいや、メテオちゃんVの体よ?それが現実にいるわけないじゃん。合成だよもしくは気のせい”
”メテオちゃんじゃないよきっと(人様の配信に勝手に合成できる技術がある方がやばくないか??)”
”どう見ても川井姉妹の配信に映り込んでいるのはあのメテオ、だよな……”
”メテオのコスプレだってきっと”
”星降メテオが実在してるのもやべえけど、もっとやべえのあるだろ!なんだあのでかい石柱出してるやつ!”
”いつだかの、メテオの動画にあったよな。突進してくるやつは串刺しが一番!とか言ってたけど、え、あれ、マジでやってたってこと?”
”メテオのフェイク動画がフェイクじゃなかった、って、こと!?”
”何言ってんだ、メテオちゃんは安心安全無敵の完全フェイク動画投稿者だよ?そんなメテオちゃんの技が現実で使えるわけがないというか使えちゃあまずいといいますか”
”一部の過激派が魔力さえ足りればメテオちゃんの技は使えるって言ってたけど、アレがマジだったってこと?”
「まずーい!」
エゴサの結果を見て、男は頭を抱える。
「ぐ、これは、まずい。安心安全のフェイク動画投稿で通してるのに、アレが実は全部本物だってバレるわけには。でも火消しの方法なんてあるか? 撮影者がフィルターかぶってたとか? いやだとしても、なんで撮影者がメテオのガワかぶる必要があるんだって話になるよな。そもそも人の目どころかカメラすらもごまかす幻覚魔法はまだ大っぴらに発表されてない部類のやつだし。あー、来週なら、来週ならまだマシだったのに。来週には組合から携帯型モザイクフィルター出るから、そっちの延長だって言えたし。いや言ったとしても、なんで一配信者がそんなことしてるんだって話になるか。撮影者が上級探索者だから回されたって話にするか? ……無理があるよなあ。え、どうすればいいんだ?」
頭を悩ませていると、ポコポコと通知音が聞こえる。通知音の元、すなわちスマートフォンを見ると、SNSであるツィックスの星降メテオのアカウントへのフォロー通知と、説明を求めるリプライ、リツイート系の通知のようだ。
「炎上しとる……」
炎上自体は初めてではないが、こんな形の炎上は初めてのことだ。
そもそも、男はこれまでかなり慎重に撮影をしていたし、幻覚フィルターのオンオフも忘れないように心掛けていた。それが今日に限ってミスが重なり、結果がこれだ。
「謝罪配信、やるしかないか。いや謝罪って何を? どっちかというと釈明? メテオが映り込んだことについて?」
「……いや、いっそ全部スルーするか。そうだよな、メテオがあの姿のまま人の配信に映り込むわけないもんな。スルーだスルー!」
今後どう立ち回るか考えつつ、男は再度エゴサの結果を見る。