新学期が始まり、少し経った頃。
梓は生徒会室で一人でいた美也子を発見した。周囲を見ると、千夜も沙耶もいない。
今のうちだと、梓は美也子に近付き、声をかける。
「ねえ、美也子さん」
「あら、どうしたの梓さん」
にこりと微笑む美也子に、梓も笑みを返す。
「私、今から君に変なことを頼むけど、心当たりがなかったら、忘れてちょうだいね」
「ええっ、何かしら?」
くすくすと笑う彼女に、梓は願いを口にする。きっと彼女が叶えてくれると、よくわからない確信を持って。
「私の中にある、篠田由布子を消してほしいの。私が鷹井梓で居続けるためには、どうしても邪魔だから。何もかも忘れて、ここにいたいから」
「……それが、あなたの願い?」
「ええ」
頷くと、美也子はあいもかわらず美しい笑みを浮かべたまま、わずかに首を縦に振る。それを見て、梓はああ良かった、これで安心だと思った。なぜそう思ったかはわからないが、これで良いのだと。
「沙耶さんと千代さんも、できれば忘れさせてあげてほしいわ。その方がきっと、幸せでしょうから。でもこれは、お節介になっちゃうかしら」
「どうでしょうね。……それも願う?」
「いいえ、これは私の思いつき。君の好きなようにどうぞ。私はなんであれ、鷹井梓である限りは君を、香村美也子を大事なお姫様と思って、あなたのしたいように、望むままにと、全てを受け入れ続けるから」
「わかったわ」
彼女が頷いたのを見て、梓はパンと手を軽く叩く。
「さ、二人が来る前にこの前の議事録の清書しちゃわないと」
にこにこといつものように机に向かうのを見て、美也子が立ち上がる。
「私は少し外すわね。すぐ戻るから」
「ええ、千夜さんと沙耶さんが来たら、伝えておくわ」
彼女が一時的に生徒会室から退室するのを見送り、梓は目の前にある、どこで覚えたのかももう忘れてしまった速記文字が並ぶノートを開き、別のノートに清書していく。
「後輩のためにも、綺麗に清書しなくっちゃ」
書道を習っていて良かったと思いながら、読みやすい文字を書いていく。
たとえ、それがこの先誰にも読まれないものだと、心のどこかで理解しながらも。