あんなビフォア

昔プレイしたクトゥルフTRPGで設定してたキャラの前日譚的なやつ。1920年代のアメリカが舞台なのになぜニンジャなのか的な。
このキャラは元々昔書いてた創作に出てるやつが元なんだけど、いつかそっちも出したい。
(2016年7月13日公開時コメント)

 港に子どもがいた。髪は黒く、帽子でよくは見えないが、恐らくアジア人だろう。詰め襟を着て、脛の辺りは巻きゲートルで覆われている。帽子も詰め襟も、ゲートルさえも黒い布だった。そんな子どもが、やはりアジア人だろう、若い男の傍に、影のように寄り添っていた。
「ヒヨコか?」
 誰かが口にする。実際、そう思われても仕方ない様子だった。
 若い男は好きにうろつき、その傍を子どもは一度も離れなかった。男は故国の言葉だろうか、よくわからない言語で喚き、興奮しているようだった。一方、子どもはそんな男に言葉を返すこともなく、ただ付き従っている。
 しばらく眺めていると、不意に男に近付く者がいた。この辺りでは有名なスリだ。それが男に近付き、手を伸ばしかけたところで、スリは急にその場にひっくり返った。それを見て周囲は騒然とする。いつの間にか、男とスリの間に子どもが立っていた。
「ミスター、お金とる、よくない」
 片言の英語だ。それが聞こえる。どうやら、子どもが言っているようだった。
「な、この、ガキっ!」
 スリが立ち上がり、子どもに掴みかかろうとする。途端、子どもの体が一瞬消え、スリは再び地面に転がっていた。
「はあ!?」
「次、頭、切る」
 その言葉と同時、スリの顔の横にナイフが突き立てられた。鋲のような形の変わったナイフだ。
「ひっ」
 スリが悲鳴をあげると、そこまでの様子を眺めていた男が何か子どもに話しかける。相変わらず異国の言葉だ。それを聞いてか、子どもは舌打ちをし、ナイフを抜き、どこかに仕舞う。奇術の類か、どこにしまったかまでは見えなかった。
「失礼。ミスター。我が護衛は悪意に敏感なのだ。どうか許してやってほしい」
 男は子どもと違い、流暢な英語だった。
「ガ、ガキの躾くらい、しやがれ!」
「私、子ども、違う。大人」
「どう見てもガキじゃねえか!」
「東洋人の小ささはご存知ないかな? だからこれでも立派に大人なんだ。そして彼女は僕の護衛だ。だから、僕が命じれば君はすぐに死ぬし、命じなければ死なない。これはわかるかな」
「はっ、やってみや」
 スリが強がってみせたが、すぐに口は止まった。いつの間に出したのか、子どもは再びあの奇妙なナイフを手に、切っ先をスリの目の前に突き付けていたのだ。
「次、抉る」
「ひっ、ひぃっ!」
 スリが再び悲鳴をあげたところで、子どもはナイフを再びどこかにしまう。
「とっとと逃げろアメリカ人。僕の護衛は手加減をしないことで有名なんだ」
 男がそう言うと、スリは這うようにしてその場を逃げ出した。
「お、覚えてやがれ!」
 少し離れたところでそう吠えたのを見て、男が笑う。確かに笑っていいところだろう。だがそれにしても、誰一人笑う気になれなかった。

「おい宇多! 見ろ、これがアメリカだ。どこもかしこも、日本語なんて通じやしない!」
 興奮している主人、古座泰平(こざやすひら)を横目に、宇多安和(うだあんな)はため息をつきたかった。
 安和は本来、ここにいないはずだった。この男の護衛を選ぶ日に、安和は恋人と逢瀬の約束があったため、辞退を申し出、そのまま男が旅立つのを見送る側になるはずだったのだ。
 この男、古座の三男坊、道楽趣味で、その一環でアメリカなんて海の向こうの大陸に留学したいとか言い出してしまうボンクラ息子、この男がコネを利用し、本当に留学することになり、そこで必要になったのが、英語ができる護衛だった。
 ところが、護衛役に志望した者は誰も英語がわからなかった。当然だ。熊野の山奥で生まれ育ち、その後は各地といえども日本国内で護衛の任についたり流行らない暗殺をやったりという家業の者ばかりだ。英語なんて必要になる場面はないはずだった。
 探して探して探しまわった結果、安和と他数名が辛うじて英語ができるとわかり、白羽の矢が立ったのだ。といっても安和は聞き取り専門で話すのは苦手だったし、他も似たような状態で、古座のように堪能なわけではなかったのだが。
 それでも構わないと言われ、古座に付き従うことが決定し、こうして異国の地を踏むことになった。正直、護衛が見つからない段階で留学を諦めてほしかった。
 そして現在、安和は外に出たいと騒ぐ古座について、港町を歩き回っていた。他の護衛はどうしたかというと、皆船酔いで倒れていた。情けない同僚達だった。
「聞いてるのか宇多!」
「聞いてますよ泰平ぼっちゃん。みーんな英語ですねえ」
「そうだよ。ここがアメリカなんだ。あのアメリカ。ああ、念願の!」
「よかったですねえ」
「あとは無事に大学のある街まで着けば問題はない。そうすれば、お前達にも一旦暇を出してやれる」
「早くその日が来ることを願っています」
 できれば一生の暇をいただきたいと思いながら、安和は古座の傍から離れないようにしつつ、周囲を警戒する。アメリカという国はとかく物騒だと教わっていたからだ。
 そうして警戒していると、向こうから身なりは普通だが、どうにも動きの怪しい男が近寄ってきた。そうして男の腕が古座に伸びるのを見て、安和はすぐさま男をひっくり返す。
『ミスター、お金とる、よくない』
 恐らくアメリカ人から聞けば片言にも程がある英語で警告する。男は少しの間こちらを呆然と見上げていたが、すぐに目を吊り上げ、立ち上がる。こちらに掴みかかろうとするので、もう一度ひっくり返してやる。体格と力の差か、面白いほど綺麗にひっくり返ってくれる。
『はあ!?』
 驚いている男の頬に刺さらない程度の位置に、クナイを突き刺す。
『次、頭、切る』
 突き刺すと同時に警告すれば、男は悲鳴をあげた。
「やめろ、宇多。来て早々騒ぎは困る」
 古座の言葉に、もう遅いだろうと舌打ちしながらも、従うことにする。そもそも古座が無防備なのがよくないのだ。あんなお上り丸出しで。いや実際お上りに等しいが。
 内心で文句を並べながら、クナイを引き抜き、元の場所にしまう。
『失礼。ミスター。我が護衛は悪意に敏感なのだ。どうか許してやってほしい』
 古座の言いように、お前は無防備すぎるがなと内心で毒づく。
『ガ、ガキの躾くらい、しやがれ!』
『私、子ども、違う。大人』
 男の言葉は我慢ならないものだったので、訂正はする。そもそも欧米人が大きすぎるのだ。
『どう見てもガキじゃねえか!』
『東洋人の小ささはご存知ないかな? だからこれでも立派に大人なんだ。そして彼女は僕の護衛だ。だから、僕が命じれば君はすぐに死ぬし、命じなければ死なない。これはわかるかな』
 その言いように、早速古座はこの男から興味が失せたらしいとわかる。ならば殺してもいいだろうかと、安和は密かに思う。
『はっ』
 男が鼻で笑うのと同時、古座が手を振る。警告の合図だ。それを見て、安和はクナイを男の目に刺すつもりで突き出す。警告なので、勿論寸止めしてやったが。
『次、抉る』
 言葉でも警告をしてやると、スリは悲鳴をあげる。
『とっとと逃げろアメリカ人。僕の護衛は手加減をしないことで有名なんだ』
 古座がそう言うので、これでこの男が逃げなければ殺せということかと、安和は空いてる方の手にもクナイを持つ。
 だが、男はすぐに逃げた。這うようにして逃げていくさまは、どこも似たような姿だと、安和は密かに思う。
『お、覚えてやがれ!』
 そしてその台詞もどこでも使うのかと思いながら、クナイは全てしまった。ふと横目に古座の顔を見る。笑っていた。
「どこでも同じだな」
「まあ、相手は人間ですからね」
 反応は万国共通になってしまうのかもしれない。

 夜。古座と他の護衛が部屋で休んでいる中、安和は見張りに立っていた。といっても、ドアの前に座り込んでいるだけだ。今日くらいは夜の見張りは必要ないだろうという話だったのだが、古座に命じられたため、まだ本調子ではない他の者にかわり、安和が夜の見張りも務めることにしたのだ。
 廊下は暗く、また静かだった。耳を澄ませば、仲間や主の寝息が聞こえる。この宿には、古座以外に客はいなかった。そういう宿をガイドが手配してくれたのだという。そのガイド本人は明日、この宿に来ることになっていた。
 せめて日本語のわかる御仁でいてほしい。
 安和は心から願った。日本人かせめてアジア人でという希望は捨て去ったが、それでも、せめて日本語が片言でもいいから通じる相手であってほしいと。
 明日のことを考えていると、廊下が軋む音が聞こえる。部屋の付近には立ち寄ってほしくないと話したはずだがと思いながら、顔をあげる。
 そこには何もなかった。何もいなかった。だが、廊下が軋む音は聞こえる。何かが近付いてくる音だ。見えない敵に、安和はどうするかと考える。
 普通ならば、古座を叩き起こし、すぐに避難すべきだろう。だが安和は、何もしないことにした。身の丈ほどの杖を手に、ただドアの前に立ち続けることにした。
 軋む音はどんどん近付き、遂に安和の目の前まで来る。だが、相変わらず何も見えない。そのため、安和はただ立ち尽くし、ドアの前から動かないでいることにした。最悪、自身の体をバリケードにして、見えない何かを中に入れないようにしようと思っていると、軋む音が再び聞こえ始めた。その音は今度は安和から離れていき、遠くへ行ってしまう。
 それを聞きながら、安和はまだ杖を手から離さなかった。音が消えるまでは、物音一つ立てられないとも思っていた。
 緊張していると、やがて廊下の軋む音は消え、ただただ部屋の中から寝息が聞こえるだけになった。
 どうやら去ったらしいと思い、安和は息をつく。
「心霊現象とか、聞いてないぞ」
 寧ろ人生で初めて遭遇したと思いながら、安堵から、ドアの前に座り込んだ。

 そんなことがあったと、一応仲間内には話した。古座には話さない。何しろあの男は、心霊現象とかそういったものを酷く毛嫌いしているのだ。
「そうか。まあ、気をつけてはいよう。流石にこんな場所にまで怨念の類がいるとは思えんが」
 そう話すのは、伏見寛元(ふしみかんげん)という男だ。護衛衆の中では最も年上で、かつ語学の方もそれなりにできる男だったため、必然護衛衆の長として扱われていた。
「正体はわかりませんか」
「実際に見ないことにはなあ。捕まえることができればいいのだが」
「おい宇多、お前今晩も見張り立って、捕まえてみろよ」
 隣にいる男、村山元仁(むらやまげんにん)と名乗っていた、彼にそう言われ、安和は顔をしかめた。
「私一人で?」
「お前なら大体の男は投げ飛ばせるだろう」
「幽霊は専門外なんだけど」
「宇多様なら大丈夫ですよ」
 そう話すのは、護衛衆の中でもう一人の女、東山正嘉(ひがしやましょうか)だ。安和と違い平均的な身丈で、しかも体型もそれなりに女性らしいため、子どもと間違われることはない。顔もそれなりに美人の部類だが、怪力の持ち主で、噂によると彼女を襲おうとした不逞の輩は骨を折られたとかどうとか。
 そんな彼女は、なぜか安和に対して敬称敬語で接する。
「どうしてそんなこと思うの」
「大丈夫です。宇多様はこの中では誰よりもお強いですから」
 にこりと言われるが、実際安和はそんなに腕利きなわけではない。彼女の見込み違いというやつだ。
「また東山の宇多持ち上げか」
 村山がはっと鼻で笑う。その様に安和は思うところはなかったが、東山は違ったらしい。今にも食ってかかろうとしていたので、腕を掴んで止める。
「喧嘩はするな。伏見殿、ひとまず今晩も私が見張りでよろしいでしょうか」
「ああ、それは構わん。もし捕獲できるようなら、捕獲を。ただ、くれぐれも古座様の危険にならぬ程度で」
「わかっています」
 最低限の掟くらいはわかっていると答えれば、伏見は頷く。
「では頼んだぞ」
「はい。では私は、今日はこれで休ませてもらいます。出発は明日でしたよね」
 予定を確認すると、伏見が頷く。
「今日は案内人と合流、明日以降の日程の確認をするだけだ」
「わかりました」
「夜に備え、ゆっくり休みなさい」
「言われなくとも」
 肩を竦めつつ、安和は体を休めるべく、部屋に入った。
 部屋に入ってすぐ、安和は扉に耳を当てる。
「では、我らは下へ向かおう」
「嵯峨殿に任せっきりだしな」
「急ぎましょう」
 そう話して、彼らが部屋を離れるのを確認し、安和はさてと、寝台の上で考える。
 まだ誰にも話していないが、安和はこの旅の道中で行方をくらまそうと考えていた。
 そもそも安和は、実家の方針、主家が滅ぶまで仕えよというやつだ、それが嫌いであった。何しろ、宇多家が現在主家としている古座家は最悪であった。三男泰平は道楽息子で考えなし、しかも自分の思う通りに事が進まなければ癇癪を起こすことがある。上の兄弟二人も似たような性格である。それもこれも、彼らの父、つまり古座家現当主が息子達を甘やかして甘やかして甘やかして育てたからだ。三回言っても足りないほど甘やかされて育てられた三人兄弟は、とにかく三人とも最悪な性格であった。これでは早晩、古座家は没落するのではないかと噂されるほどだ。
 そんな家に一生仕えるなど、安和は我慢ならなかった。それくらいならば、どこか別の家に鞍替えしたり、或いは市井で用心棒業でもした方がマシだと考えていた。そのために、他の家に嫁ごうとしていたのだが、今回のアメリカ行きでその計画は水に流れた。折角相手の家にも許しをもらえ、いよいよ実家から勢いよく出ていこうとした矢先のことだった。実家あたりはこれで心が折れてほしいと思ったのだろうが、安和はそんなにひ弱ではない。
 寧ろ、異国の地というのは逆にやりやすいと思えるほどだ。このまま行方をくらましてしまえば、流石に実家の人間も追っては来れない。ならばこの機に乗じるまで。
 そう考えていたのだが、思わぬところでその機会に恵まれてしまった。今晩また、夜の見張りをすることになっている。そこであの見えない何かが来るならば、それに殺されたことにすればいいのだ。これに対する問題は、死体を用意しなければならないということだ。いくらなんでも、姿を消したでは単なる逃亡になってしまう。それでは安和が探される可能性が高いからだ。完全な自由を得るには、周囲に死んだと思ってもらわなければならない。
 その辺りの工作をどうするかと考えながら、安和は目を閉じ、一旦眠りにつくことにした。

 目が覚めたのは、体感としては昼過ぎ頃であった。部屋の中に人の気配はなく、まだ誰も戻って来ていないようだった。案内人との合流に何か問題があったのかもしれないと思いながら、安和は立ち上がり、部屋の戸を開ける。廊下にも何もなく、また音もない。連絡がないということは、案外話が盛り上がっているだけかもしれない。古座はそういうところがあった。
「参ったな」
 連絡がないので、ここで安和が外に出ていいのかわからない。せめて朝食くらいはとりたいがと思っていると、階段の軋む音が聞こえる。見ると、嵯峨長元(さがちょうげん)が来た。恐らく交代のつもりで来たのだろう。彼はいつもどこか余裕のある態度なのだが、今日はどうしてか憔悴している。
「おい、嵯峨。どうした」
 声をかけると、嵯峨は困り果てたという表情でこちらを見る。
「起きてたのか」
「流石にそろそろ起きる時間だ。どうした、いつもは陽の色男なのに、陰の色男になるのか?」
「そんなに酷い顔してる?」
「昨日船酔いで倒れてた時もそこまで酷くなかったぞ」
 すると、彼はため息をつき、こちらにやってくる。部屋に入れて、ひとまず座らせる。
「聞いてくれるか、宇多」
「なんだ。言っておくが床を共にって話は無理だぞ」
 渾身の冗談のつもりだったが、鼻で笑われた。
「お前とどうこうなるくらいなら村山と懇ろになる」
「お前達はいつもそれだなあ。せめて東山にしろ」
「東山は襲ったら潰されかねん」
「そうか。それで、何があってそんな陰気臭い顔になった」
「俺はもう日本に帰りたい」
 顔を覆って嵯峨は嘆く。
「ホームシックというやつか」
「お前は平気なのか? こんな四六時中、慣れない異国の言葉に囲まれて」
「私はお前と違って聞き取り専門だからなあ。まあ、文字専門のお前にはつらいものがあるか。しかしその調子だと、ガイドは案の定欧米人で、かつ日本語は通じないか」
 嵯峨は頷く。
「全くダメだ。旦那様が変なところでケチったせいで、変な案内人をつけられたらしい」
「それは、最悪だな」
「ああ。お陰で伏見様も困り果ててる」
「今皆はどこに?」
「昨晩行った酒場があるだろう。あそこで今後の日程を話している。お前がそろそろ起きるだろうからと、俺が交代によこされたわけだ」
「なるほど。では私もあちらの話し合いに参加するか。いざとなれば、脅せばいいのか?」
「若旦那様が指示を出してからだぞ」
「それくらいはわかっている」
 揃いも揃ってこちらを狂犬か何かと勘違いしていないだろうかと思いつつ、身支度をする。
「ちなみにアメリカ人か?」
「それすらも俺にはわからん。白人なのは確かだが」
「完全に外れだな」
 舌打ちしつつ、脚半を巻いていく。
「白人だと外れなのか?」
「最近、アメリカでは日本人に対していい感情を持ってない白人が多いって噂だけは聞いてるから」
「最悪だな」
「ま、最悪殺しちゃおう。道順だけ確認できれば、あとはさくっと」
「それについては若旦那様と今晩話し合ってくれ」
「そうする」
 脚半を巻き終わり、必要な物も持ち、扉に向かう。
「行ってくるが、いるものはあるか」
「既に買って来た」
 よく見れば、彼の手の中には小瓶があった。
「酒くらいは口にあうといいな」
「絶望的だが、まあ、酔えればいい」
「泰平ぼっちゃんが帰ってくるまでには抜いとけ」
「わかってる」
 本当だかと思いながら、安和は部屋を出た。
 宿を出て、さてと思う。今晩に向けての工作についてだ。安和が死んだと思ってもらうために、死体を一つ用意しなければならない。これが日本であれば容易だったのだが、今安和がいるのは伝手も何もないアメリカだ。死体を用意するにしても、まず殺すのか、それともあれと遭遇させて、生き残ったら殺すのか、あるいは元からある死体を使うか、選択肢は多い。それに安和と同じ背格好の者がいるのかという話もある。
「やはり子どもか」
 安和と同じ背格好の人間となると、この国では子どもしかいない。
「うーん。気は引けるが、仕方ないか」
 一旦足を止め、方向を変える。昨日歩いた時に見かけた、治安の悪い通りだ。そこに入り、更に薄暗い路地に入った。安和の格好が珍しいのか、そこにいる者達はこちらをじろじろと見ている。その内の一人がこちらに近付く。
『おい、お前、金持ってるだろ』
 英語で話しかけられ、安和は考える。どう言えば伝わるか。
『渡す金、ない。ただ、仕事するなら、金、払う』
 こちらの言い分がわかったのか、男は妙な顔つきになる。
『仕事? お前が仕事をくれるってのか』
『そうそう。簡単な仕事。見張り』
『見張り? なら俺でもいいのか』
『あー、君、大きすぎ。私と同じ、大きさ、子どもか、大人か、欲しい。紹介してくれ』
『ああ? お前と同じくらいのやつ?』
『そう。同じ大きさ。ただ、死ぬかも』
『んな仕事、誰も受けねえよ』
『金、出す。相場、いくら?』
『死ぬかもしれねえってことは、身代わりだろ。誰も受けねえよ。大金弾まれたってなあ。ああでも、孤児共ならやるか』
『孤児? この辺にいる?』
『ああ。あっちの通りにゴロゴロいるぜ。そこならあんたくらいの大きさのやつもいるだろうし、まあ、死んでもいいから金くれって食いつくやつもいるだろ』
『そうか。ありがとう。情報の金だ』
 礼を言い、密かに持ち込んだ砂金を渡す。
『は!? おい、これ』
『日本の砂金。この国のものではない。ああ、今、他に手持ち、ない』
 本当は持っているが、これ以上彼に渡すつもりはない。
 だが、向こうは、いや周囲か、こちらの思惑がバレていたのか、或いは別の目的か、空気が変わるのがわかる。今にも襲いかかってきそうな様子に、安和はため息をつく。
「殺すのはまずいんだがなあ」
 銃やナイフなどが見える中では仕方ないかと思い、安和はクナイを持つ。
「数は一、二、たくさんか。足りるかなあ」
『何ごちゃごちゃ言ってやがる。おい、身ぐるみ置いていけや!』
 先程の男の隣にいた男が飛びかかってくる。ナイフが見えるが、特に脅威ではない。動きが遅いのだ。あっさり避け、首を掻き切った。
「まずは一人」
『な、てめ!』
 更に数人こちらに飛びかかるが、なぜ学習しないのだと溜め息をつきたくなる。今ので接近戦はだめだと学ぶべきだろうに。
「遅い遅い。ひとーり、……ふたーり、……ほら、たくさん」
 飛びかかってくる者達を全員殺す。やがて学んだのか、今度は銃を向けるものが多い。流石に銃弾は避けられないので、素早く動き、狙いをつけにくくする。男達の間を縫うように走ると、同士討ちも起こるし、安和自身もすれ違いざま足などを切ることもできる。
 どれほど経ったか、気がつけばそこで立っているのは、安和と最初に話しかけてきた男だけだ。
「やりすぎちゃったな」
 知らず鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
『ごめんごめん。やりすぎた。これ、口止め』
 すっかり腰の抜けている男に、追加の砂金を渡す。だが、男は悲鳴をあげるだけだ。
『あー、ごめん。でも、これ、話さないで。話したら、君も、地獄行き』
『わ、わかった。わかった! 言わねえ、言わねえよ!』
 必死に言う男に、よしよしと頷き、安和は男から離れ、路地から離れる。そして男の言っていた通りに向かう。
 確かに、そこには身寄りのないと思われる子どもが何人もいた。その中でも集団になっていて、かつ仲の良さそうな者達に声をかける。
『仕事しない?』
『あんた何?』
『今晩、見張りのかわり、探してる。ただ、少し危ない。死ぬかも。それでもいいなら、金(きん)、あげる』
『金(かね)じゃなくて?』
『そう、金(きん)。やる?』
 すると、子ども等は何やら相談を始める。怪しいとかそういうことだろう。そこで、信用してもらえるよう、安和は砂金を一粒取り出し、ちらりと見せる。途端、彼らの目の色が変わる。
 やがて相談が終わったのか、一人がこちらにやって来た。
『仕事、受けてやる』
『よかった。一つ、条件』
『なんだよ』
『私と同じ大きさの子。あー、あの子? あの子にお願い』
 丁度似たような背格好の子どもがいたので、それを指すと、彼は顔をしかめる。
『あいつ、弱いぞ』
『大丈夫。夜起きて、部屋の前にいるだけ』
『夜警の仕事か。まあ、確かにあいつ、夜は強いけど』
『なおさら好都合。どう?』
『聞いてみる』
 彼は集団に戻り、また相談をする。その中で、安和が指名した子どもが頷くのが見えた。そして、今度は最初に声をかけた子どもと、その指名した子どもがやって来た。
『やるって。いつ行けばいいんだ?』
『迎えに行く。だから夜、ここで待つ。大丈夫?』
『わかった。日が暮れたらこの辺で待ってるよ』
『ありがとう。その時、金、渡す。明日の朝、また、金渡す』
『先払いと、成功報酬?』
『そういうこと。よろしく』
 二人が頷いたので、安和はひとまず問題ないだろうと、その場を離れた。

 その日の晩。安和は皆が寝静まったところで、誰も使っていない一室に向かう。
『起きてる?』
 中に入り、声をかけると、ベッドで横になっていた子どもが起きた。日が落ちてから迎えに行き、ここに隠していたのだ。
『起きてます』
 子どもは緊張した面持ちで頷く。その様子に思うところはあったが、問題はないだろうと判断し、安和はその場で服を脱ぎ始めた。
『え』
『私の服、着て。誰か起きた時、違う、思われたら困る』
『あ、ああ。なるほど』
 納得しながらも、子どもは見たら悪いと思ったのか、目をそらしている。安和としては、別に見られて困るものではなかったのだが、まあいいだろうと、そのまま服を脱ぎ、全裸で子どもに近付く。
『悪いが、君、服、貸して』
『どうして? って、わ、裸で』
『気にしない。私、他の服、取り忘れた』
『あ、ああ。それで、ぼくのと交換?』
『そう。お願い』
『わかったよ』
 頷き、子どもも服を脱ぎ始める。そうして脱いだ服を安和が着、それが終わると子どもに安和の服を着せてやる。色々と安和の服は複雑なつくりになっているのだ。
『よし』
『あなたの服ってすごく着るの大変なんだね』
『慣れ。さて、君のこれからの仕事、説明する』
『あ、そうだ。結局見張りって何するの』
『簡単。この棒持って、部屋の前にいるだけ』
 説明しながら、いつも使っている身の丈ほどの大きさの棒を渡す。
『これ?』
『そう。万が一部屋に誰か近付く、この棒で叩いて追い払う。以上』
『そ、それでいいの? それだけ?』
『これだけ。不審者、そんなにいない』
『まあ、そうかあ。ここいい噂ないから、泥棒も近寄らないし』
『悪い噂?』
 何か知っているのかと子どもの顔を見る。
『なんか、夜中に化け物が出るって』
『化け物?』
『って言っても、ここが宿屋になる前の話なんだけどね。屋根裏に悪霊が住んでるとか、徘徊するおばけがいるとか、そういう話』
『へえ』
 どこでもそういう話はあるのだなと思いながら、安和は子どもの服装におかしいところがないか確認する。
「うん、大丈夫だな」
『え?』
『問題ない。こっちへ』
 子どもを連れ、廊下に出る。相変わらず廊下は静かで、誰かが起きてきた様子もなかった。そのまま子どもの腕を引き、部屋の前に立たせる。
『ここにいて。朝までに戻る。それまで、寝ない。大丈夫?』
『あなたが迎えに来るまでにたっぷり寝たから大丈夫。任せて』
『ではよろしく』
 軽く手を振り、安和はその場を離れた。
 そのまま一旦宿を出て、安和は宿の近くに潜む。酒場などで時間を潰すことも考えたが、今の格好で酒場はまずい。何せ服装のせいで、明らかに子どもの姿だ。これで酒場に行っても、追い出されるのが目に見えている。
 宿の近くに潜みつつ、安和は宿の様子を伺う。どう見ても普通の家だ。あれで化け物が出るなど、信じられない話だ。
「化け物なあ。化け物なんて、この国にいるのか?」
 広大な大地を自らの手で切り開き、先住民を押しのけ、広がり、栄えたこの国に、果たしてそんなものがいるのだろうか。
 不思議に思ったが、安和は深く考えないことにした。その辺りは専門外なのだ。ここに幼馴染の弟分がいれば喜々として調べただろうが、今その彼はいない。ならば、安和がここで考えこんでも仕方ないことだ。
「まあ、精々熊か何かだろ」
 そう思うことにした。

 それから数時間後。安和はそろそろ朝が来るかという時間帯に、宿に戻った。これであの子どもが無事ならば、安和が殺して、適度に化け物に食い殺された風に仕立てなければならないからだ。
 屋根裏を伝って行くと、既に廊下で騒ぎになっていた。まさかバレたかと思い、安和が板の隙間からそっと覗くと、廊下は真っ赤に染まっていた。誰かが灯りをともしているからそれがわかったのだ。恐らく、赤いのは血だろう。その血の海の中に、僅かな肉片と、安和の服の切れ端らしきものが見える。安和の愛用していた棒はなかった。それに、骨も髪の毛も残っていなかった。安和としては助かるが、しかし、そこまで何も残っていないのはやはり不気味だった。
「これは、酷いな」
「宇多でもこの有様というなら、まずいな」
「ああ、どうしてこのようなことに」
「ひとまず、ここは片付けておこう。泰平様は」
「まだ眠ってる。今の内に片付けておけば問題はないはずだが。しかし、どう説明する?」
「化け物に食われて死んだと話しても、泰平様は納得すまい。宇多には悪いが、泰平様の命を狙おうとしていたので我々で始末したことにしよう」
「しかしそれだと、本家が黙っていないでしょう」
「本家にはきちんと説明するとも。それに、これを機に家の縁も切れようから、寧ろ宇多としては喜ばしいことだろう」
「まあ確かに、古座はもう、だめだ」
「これ静かに。ひとまず、肉片も血も全て掃除しよう。それと、宇多の荷物を隣の部屋に」
「残していくのですか」
「当然だ。祟られても困るからな」
 そんなやり取りを聞き、安和はもう一度宿から離れた。
 その足で安和は孤児達のたまり場に行き、あの子どもの死亡を伝えた後、予定していたよりも多めの報酬を渡し、すぐにそこを去った。背後から恨む声が聞こえたが、それも仕方ないことだと、安和はすぐに聞こえた言葉を忘れることにした。

 更に数時間後。古座一行が宿から出たのを確認してから、安和は荷物を置かれたであろう部屋に入る。そこには確かに、安和の荷物がまるごと置かれていた。
「うーん、思いの外、うまくいきすぎたな」
 荷物も置いていってもらえたので、安和はこれらを回収して、売るなり持って行くなりしていけば、今後も楽になる。
「刀は売るとして、クナイは持ってくか。便利だし。あとは、棒なくなっちゃったから、また作るかな。服も売り払うとして」
 今後のことを考えていると、がたりと何かの音が聞こえる。振り返るも、何もない。周囲に生き物の気配もなかった。だが、何かはいる。得体のしれない何かを感じ、安和は一度身震いする。
「長居は、しない方がよさそうだな」
 安和はひとまず荷物をまとめ、すぐに宿を出た。幸い、何かがついてくる気配はない。やはりあの宿の中だけの現象なのだろう。
 あの宿には二度と近付くまいと思いながら、宿から離れた。

    お名前※通りすがりのままでも送れます

    感想

    簡易感想チェック

    ※↓のボタンを押すと、作品名・サイト名・URLがコピーされます。ツイッター以外で作品を紹介する際にご活用ください。