あんなアフター

アンナビフォアの続き。セッション時のちょっとした振り返りと、その前後の話。前回より随分短いですけど、あんまり引き伸ばすのもアレかなと。
この話じゃ、安和さん身長145cm設定だから、あちらさん目線だと合法ロリニンジャになるんだよね。
(2017年2月18日公開時コメント)

 杖の素振りをしながら、安和は先日のことを思い出し、ため息をつきたくなった。同時、雑念が入ってしまったと、杖を振るのをやめた。
 先日、安和は当面の繋ぎにと引き受けたとある屋敷の調査に行ったのだが、そこで妙なことに巻き込まれたのだ。
 とある屋敷というのが、怪奇現象といっていいことが起こる場所だったのだ。脱走時以来の心霊現象に少し参ってしまったのか、仕事中、危うく人を一人殺めてしまうところだった。
 例の屋敷の調査中、調査に関して組むことになった依頼人の知り合い、確かアレックスといっていた、その彼に急に襲いかかられたので、驚いて応戦してしまったのだが、手加減を間違え、殺してしまいそうになったのだ。相手が正気でない様子であったとか、あの場の雰囲気に飲まれたのだとか、言い訳は色々できる。しかしそこで手加減を間違えてしまうのは、プロとしてあるまじきことだ。そもそも、襲いかかられたなら気絶させればよかったのに、思い切り殴ってしまった。あれはよくなかった。相手が助かったから良かったものの、下手をすれば手が後ろか前かわからないが、縄で繋がられるところだった。
 安和は未だにその時のことを反省していた。反省していたが故に、こうして今日も素振りをしているのだ。
 その後、アレックスの怪我が快癒したところで更に調査をし、最終的に地下室でミイラのようなものと戦う羽目になったが、その時も失敗ばかりだった。ここ数年、用心棒としてそこそこに経験を積んでいるつもりだったが、肝心な時に役に立たないとはと、安和はひたすら、自身の失態を恥じていたのだ。
「精進しないとなあ」
 とはいえ、あんな怪現象相手にどう戦うのだという話もあるが。訓練相手になりそうなものを呼び出すことは一連の事件から可能になってしまったが、あれは対戦相手には不向きなものだ。というか、安和の言葉に従ってしまうため、素振りを打ち込むための巻藁代わりにはなってくれるが、実戦の訓練相手にするのが難しいのだ。それに、見た目が大変悪いため、人に見られるとあらぬ誤解を招きかねないので、あまり呼び出したくもない。
 山ごもりなどでもすべきだろうかと考えていると、ドアのノックする音が聞こえる。
『はい。あいてますよ』
 ここ数年ですっかり片言から脱した英語で応えると、ドアが少し開き、できた隙間から男が顔を出す。今回の依頼人だ。
『今日のルートについて話したいんだが、大丈夫かい?』
 問題ないと頷くと、依頼人が室内に入ってきた。手には地図らしきものを持っている。
『確か、今日の夕方には目的地に着くんでしたよね』
『そうだ。アーカムという街なんだが、行ったことは?』
『ないですね。色々行きましたけど、そこには縁がなかったようで』
『なるほど。まあ、いい街だよ。私の護衛を果たした後、しばらく滞在するといい』
『まあ、仕事が特に見つからなければ、しばらく滞在することになりますよ』
 そんな話をしつつ、依頼人が持ってきた地図を見る。アーカム、未知の地名だ。
『君も用心棒などやめて、別の仕事を探せばいいのに』
『このご時世に、アジア人を雇ってくれるところがあれば』
『悪いことを言ってしまったな』
 そう言って謝る依頼人に、気にするなと笑みを返す。
『あなたの気遣いは嬉しいです。それで、えーと、ここを通って行くんでしたっけ』
『そうだよ。まあ、基本的に何も出ないはずだから、警戒は最低限でいいよ』
『ええ。最低限警戒はしておきます』

 最低限警戒をしていても、妙なことには巻き込まれるのだなと、安和は思った。まあそもそも、依頼人が運んでいるものがだいぶ怪しいものだったのが悪かったのだろう。
「いい加減その荷物を手放してはどうでしょうか」
「これを届けるのが今回の私の役目だ。そう安々と手放せないよ」
 走りながらも、手放さないよう必死にカバンを抱えている依頼人を殴りたくなるが、そこは我慢だ。殴るのは別のものにしよう。
 背後を見ると、魚のような蛙のような顔をした者達が追いかけてくる。あれから依頼人を逃がすためには、足止めをしないといけないだろう。
「仕方ないですね。ミスター、申し訳ないですが、ここから先は自力でアーカムに向かってください」
「へ、君は」
「ここで足止めをします。途中車なりなんなりを捕まえて、とっとと逃げてください」
「しかし」
「ミスターの目的はそのバッグを届けることなのでしょう? でもアレは追いかけ続けてくる。ならば、ここで足止めした方がいいでしょう」
 こちらの言葉に、依頼人が考え込んだのはごく僅かな時間だ。決断が早い点は評価できるなと密かに思う。
「すまない。任せた」
「はい」
 頷き、足を止め、振り返る。背後で依頼人の足音が遠ざかるのを聞きながら、安和は腰にさしている短刀を抜く。本来はダガーとやらがいいらしいが、これでも問題ないことは確認済みだ。ここが薄暗い森の中で助かったと思いながら、呪文を唱える。
 呪文で現れたものは醜悪な姿だ。辛うじて人の形に近いものの、体のあちこちからだらしなく皮膚が垂れ下がっていて、手には鋭い鉤爪がある。顔はほとんど潰れているようなもので、辛うじてあるとわかる目はもぐらのようだ。見るからに化け物だが、呪文のお陰で安和には忠実だ。
「私の敵だ。好きなだけ持っていけ」
 そう言うと、それは頭を左右に揺らしながら歩き、こちらに向かってくる者達に近付く。それの姿に気付いた追っ手は足を止めるが、そんな追っ手を気にせず、それは腕を振る。追っ手の鉤爪に誰か一人でも引っ掛けてくれればいいと思っていたが、幸運にも二人ほど鉤爪に引っかかった。同時、その二人は化け物と共にその場から姿を消す。
「さて、これで残り三人か」
 難しいが、今の光景のせいか、動きが固まっている彼ら相手ならばどうにかなるだろう。いや、どうにかしよう。
 短刀を腰に戻し、杖をしっかりと両手で握り、安和は彼らを無力化するため、動きを止めてしまったそれらに襲いかかった。

 追っ手を気絶させ、依頼人が辿ったと思しき道を進むと、車輪の跡の残る道路に行き当たった。
「無事、車は引っ掛けられたっぽいな」
 これならば無事だろうと思いながら、安和は方角を確認し、道路に沿って歩く。折角だから、依頼人の向かったアーカムに行ってみようと思ったのだ。
 そこそこに大きい街のようだし、何かいい仕事でも見つかるかもしれない。
 そんな気軽な気持ちで、安和は一路、アーカムに向かった。

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