禁止事項

その学校にはとある噂がある。それを確かめようとした、高校生達の話。
高校生の頃に書いた、恐らく初めて人に見せた作品。しかもホラー。苦手なのによく書いたなって今では思います。

 その学校には、奇妙な言い伝えというか、噂というか。とにかくそんなのがある。曰く、
『夜の学校でやってはいけないこと
一つ、同じ場所から七人が校内に侵入すること
二つ、階段で人の名を呼ぶこと
三つ、水たまりに触れること
四つ、もう一人の自分と目を合わせること
五つ、辻で迷うこと
六つ、図書館で本棚の間に立つこと
七つ、屋上の角に立つこと』
とのことだ。
 これら一つでもやると、恐ろしい目にあうとか、どうとか。
 そしてそれは、何十年も前からおどろおどろしく語り継がれてきたが、つい最近では、いわゆる七不思議の一種として、噂されている。
 当然、そんなものを解明しようとする者たちもいるわけだが、どういうわけか、肝試しの一環として試そうという者すらいなかった。

 満月が夜空に浮かんでいる日だった。その日、大島と加藤、小田切の三人は、夜の学校に忍び込もうと、正門の前に立っていた。
「本当に何かあるのかな」
「さあ。大島、何かあると思う?」
 そう言って加藤が隣にいる大島に視線をやると、大島は暗く不気味な校舎を睨みながら、自信たっぷりに言った。
「何もないと思うけど。第一、このご時世に幽霊なんて、ありえないと思わない?」
「そうだよね」
 気弱そうに小田切が言うと、他の二人も頷く。
 生温かい風がかすかに肌を撫でる。それに小田切は身震いした。
——なんか、不気味だなあ。
 口には出さず、そう思った時だった。
「あれ、珍しい方々だ。そこで何をやってるの?」
 突然聞こえた声に驚いて、三人は一斉に振り返る。するとそこには、同じクラスの斎藤が人好きしそうな笑みを浮かべて立っていた。そしてその後ろには、二人ほど人がいる。確か、斎藤と同じ科学部の綾部と黒澤だ。よく見ると、綾部の手にはコンビニの袋らしきものがある。
「斎藤、びびらすなよ」
 加藤が安堵の息をつくのを見て、斎藤は悪い悪いと笑いながら謝る。
「いや、三人がこんなところに立っているのが珍しくてさ。でも三人とも、これから何をやるつもり?」
 斎藤が問うと、大島は背後にある校舎を指差す。
「例の噂の真相を確かめにね。そっちは、噂の無許可天体観測?」
 馬鹿にするように言うと、綾部は眉間にしわを寄せ、不愉快そうに言う。
「失礼だな。許可を申請する時間がないだけだ」
「まあまあ綾部。それより大島さん、あの噂を調べて、一体どうしようと?」
 すると、大島は肩を竦め、
「どうもしないわよ。ただの好奇心」
「なら、あと四人足りないんじゃ?」
「仕方ないだろ! こんなことに付き合ってくれる奴なんて、あんまいないし」
 加藤が吠えると、斎藤は苦笑する。
「中間前だからねえ」
「うん」
 小田切が頷くと、斎藤は少し考え込むようにして、更に暗い校舎を見上げると、ふと思いついたように言った。
「それじゃあ、一緒に行かない?」
「ちょ、斎藤君!」
「サイトー!」
 他の二人が咎めるように名を呼ぶが、斎藤はへらへらと笑いながら、
「いいじゃないか。どうせ最終目的地は同じだし。三人とも、屋上まで行くんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、それが終わったら一緒に天体観測でもしようよ。途中どうしても部室に寄ることになるから、道具も取りに行けるし。ね?」
 斎藤がそう言うと、大島は少し考え、やがて頷く。
「いいわよ。但し、それまでは私たちに付き合ってちょうだいね」
「了解」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 慌てて声を上げる黒澤に、斎藤は首を傾げる。
「何かな、黒澤女史」
「それでも人数が足りないわよ。あっちは三人、こっちも三人、足して六人。一人足りないわよ」
「その点は大丈夫さ」
 斎藤はそう言うと、何処かへ歩き始めた。それに、綾部と黒澤もついていく。
「ちょ、何処行くのよ?」
 大島が問うと、斎藤は大島の方を向き、
「正門からは入れないからね。秘密の抜け穴を教えてあげるよ。ついて来て」
「抜け穴って?」
 加藤の問いに、斎藤は楽しそうに笑い、
「科学部に伝わる抜け穴さ」
とだけ答えた。

 運動場の端に、大きな桜の木がある。その桜の木の後ろには、当然ながら壁があるわけだが、その数枚の壁板が横にずれた。そして、そこから六人ほど人が入ってきた。
「こんなところに抜け穴があったなんて」
「抜け穴っていうか、隠し扉みたいなものよね」
「でも、どうしてこんなところに」
「それは分からないよ。ただ、俺たちも去年の部長から教えてもらっただけだし」
 そんなことを言いながら、綾部が壁板を横にずらすと、また元の壁となった。
 それから少し歩いて、六人はバスケ部部室前に来た。
「斎藤、ここが心当たり?」
 大島が問うと、斎藤は頷いて、部室のドアを軽くノックする。すると、中から呻き声が聞こえてきた。
「誰〜?」
「長谷部? 斎藤だけど」
 すると、中で何やら物音を立てながら、何かがドアに近付く。そしてドアが開くと、そこには女子バスケ部の長谷部がいた。
「うわ、本当に斎藤だ。しかも、どうしたわけ?後ろの人たちは」
 長谷部がそう言うと、斎藤は明るく笑いながら、
「これから例の噂を検証しに行くらしいんだけど、長谷部もどう? っていうか、来てくれると助かるんだけど」
「ああ、人数が足りないわけ?」
 長谷部の言葉に、斎藤は笑いながらも頷く。それに対し、長谷部は少し考え、やがて斎藤と同じく明るく笑う。
「いいよ。あたしだって暇だしね。但し斎藤、明日昼飯奢れよ」
「了解」
 斎藤が答えると、長谷部は一旦中に入り、やがて出てくると、部室の鍵を閉めた。
「これで七人揃ったわね」
「それじゃあ、行こうぜ」
 そして七人は、暗い校舎の前に立つ。
「見るからに不気味だねえ」
「夜の学校が楽しそうだったら、それはそれで問題だと思うんだけど」
 斎藤の言葉に加藤が突っ込むと、それもそうだと斎藤は笑う。
「それで、懐中電灯とかは?」
「俺たちは一人一本ずつ持ってるけど、大島さんの方は?」
「こっちも同じ」
「じゃあ、あたしも部室から一本拝借してくるべきだったかなあ」
「いいんじゃないかな。これだけいるんだし」
「そう?」
「でも問題は、どうやって校舎に入るかだけど。科学部はいつもはどうしてるの?」
 大島が問うと、綾部が二階のとある窓を指差す。それは、科学部部室の窓だ。
「あそこは簡単に開くようになってるからね。よじ登って誰かが開けて、そこから縄梯子を降ろすんだ。今日はサイトーが当番だよな」
「分かってるって」
 そう言って、斎藤は部室の窓に近い雨どいを登りはじめる。
「なんか、凄いね。科学部」
 小田切が感心している間にも、斎藤はするすると雨どいを登り、窓に辿り着くと、窓の端に何かをして、窓を開ける。そしてそこから部室に入り、やがて中から縄梯子を降ろした。
「それじゃ、行こうか」
 そして、残りの六人はその縄梯子を使って、学校内に潜入した。
 学校の中は当然暗く、また誰もいないので、針の落ちる音も聞こえるんじゃないだろうかというほど、静かだった。
 そんな中、七人は文化部の部室が並ぶ廊下を歩いていた。
「静かねえ」
「ここで何か話し声がしたら、それはそれで問題じゃない?」
 長谷部の言葉に綾部が返すと、それも尤もだと長谷部は笑う。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
 黒澤の問いに、斎藤は大丈夫だと言って頷くと、
「ああ見えて、小田切君は力持ちだからね。望遠鏡の本体くらい、どうってことないよ。でも、疲れたら言うんだよ? 小田切君」
「あ、うん」
 丁度、小田切が階段に片足をかけながら答えた時だった。かつんと、何かが落ちる音がした。それに驚いて全員が振り返ると、階段の一番下の段に望遠鏡の本体が横たわっていた。そして、小田切の持っていた懐中電灯が、階段の手前で真っ直ぐ立っていた。
「ちょ、小田切? か、隠れてないで出て来いよ! 皆を怖がらせようとしたって、だめだぞ」
 加藤が呼びかけるが、答える声はない。
 小田切が消えてしまった。

 とりあえず六人は、慌てて階段を駆け下りた。そして周りを懐中電灯で照らしてみるが、やはり小田切はいなかった。
「階段で名前を呼んではいけない、か」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ。どうすんのよ!」
 黒澤が喚くが、それには全く構わない様子で、斎藤は望遠鏡を拾い上げる。見たところ、望遠鏡は無傷らしい。それから本当に傷がないか、斎藤は懐中電灯でくまなく照らす。とここで、斎藤は目を見開き、青ざめた状態で呟いた。
「これ」
「何?」
 長谷部がそう言ってのぞき込むと、やはり長谷部も青ざめてしまった。
「何よ。見せてみなさい」
 大島にそう言われ、斎藤は皆に見えるように望遠鏡を持つ。それを見て、全員が青ざめ、言葉を失った。
「……どうやら、あの噂はただの噂じゃないみたいね」
 辛うじて大島はそう言ったが、顔はまだ青ざめたままだ。
 望遠鏡には、赤い文字でこう書かれていた。

——階段で人の名を呼んではいけない……応えた人が引きずり込まれるから

「それで、どうする?」
 綾部が問うと、加藤は泣きそうな顔で、
「もう帰ろうぜ。何か、絶対やばいって。小田切のことは、明日にしよう?」
「でも、このまま帰るのもねえ」
 黒澤がそう言うと、長谷部は顔を顰めながら、小田切の消えた階段を見て、
「あたしも帰った方がいいと思うよ。何かここ、ほんとにやばそうだよ」
「俺も帰った方がいいと思うんだ。サイトーや大島さんはどう思う?」
 綾部の問いに、二人とも頷く。
「帰った方がいいと思うな。とりあえず、何か恐ろしい目にはあったし」
「そうね。小田切には悪いけど、流石に気味が悪いし」
「じゃあ決まりだ。黒澤女史、いいね?」
「……いいわよ」
 そして、六人は科学部部室前に戻ることにした。
「うう、小田切ぃ」
 歩きながら、加藤はどうやら泣いているらしい。それを黒澤がそっと慰めてやる。
「泣かないの。それに、小田切君は大丈夫だって」
「でもお」
「ええい、女々しい!」
 綾部が声を張り上げるが、内心、誰もが小田切を心配していた。
 少し歩いて、ようやく部室の前に着いた。そして、綾部が部室のドアを開けようと手をかけるが、開けようとしない。
「綾部君、どうかしたの?」
 黒澤が問うと、綾部はドアの引き手から手を離す。
「開かない」
「は? そんなわけは」
 そう言って斎藤も引き手に手をかけるが、びくともしない。
「何で?」
「キャァ!」
「黒澤さん!?」
 黒澤の悲鳴に驚いて長谷部が振り返ると、黒澤はしりもちをついて、部室のドアとちょうど向かい側にある壁を見ている。大島が黒澤の見ている壁を照らすと、そこには赤い文字で、こう書かれていた。

——同じ場所から七人が校内に侵入してはいけない……出入り口を塞がれるから

「なあ、どうするんだよ!? これじゃあ、もう俺たちは」
「慌てるな!」
 斎藤は怒鳴ると、壁に書かれた文字をなぞる。
「出入り口を塞がれるってことは、ここはもう使えないってことだけだ。下に降りて、廊下の窓から出よう」
 その提案に、他の六人も頷く。
「とにかく、早くここから出よう」
 そして、六人は先ほどの階段に戻り、今度は下へ降りる。無論、誰一人名前を呼ばぬようにしながら。
 無事一階に降り、加藤は廊下にある窓の鍵を開けた。そして、窓を開こうとしたが、一向に開かない。それに気付いた他の五人も、それぞれ窓を開けようとするが、開くことはなかった。仕方ないので、斎藤と綾部は窓ガラスを割ろうとしたが、いくら懐中電灯をぶつけても、不思議と窓ガラスは割れなかった。
 少しして、窓ガラスが一向に割れないのを不気味に思いながらも、六人は一旦休むことにした。
「何で割れないんだろ」
 ぽつりと加藤が呟くが、答えられる者は誰一人としていなかった。
「とりあえず、もう少ししたら他の教室とかトイレの窓も見てみましょう。もしかしたら、一つくらいは開くかもしれないし」
「それに、もしかしたら警備システムが発動して、誰かが来るかもしれない。そうしたら、外にも出られるだろうし」
 大島と綾部がそう言った直後、何処からか何かの叫び声が聞こえた。それに驚き、六人とも叫び声の聞こえた方を見る。そこには、暗い階段しかない。それに皆安堵しながらも、不安が胸に残る。
「今の、何だと思う?」
「分かんない。もしかしたら、風の音かも」
「斎藤、あんたあれが風の音だって言うの?」
「でも長谷部さん、そうじゃなかったら、一体なんだって言うつもり?」
「確かに……説明できないけど」
 長谷部が大島にそう言った時だった。何処からか、音がする。

 べたっ、べたべたっ、つー、べた、つー、つー、つる、べた、ばん!! キュッ、キュキュキュ、キュキュキュキュッ、ツー、キュッキュッキュッ。

 自分たちの周りから聞こえてきた音が止み、知らず詰めていた息を吐く。しかし、何だか先ほどよりも闇が濃くなった気がし、懐中電灯で辺りを照らす。
「キャァァッ!」
 思わず黒澤は悲鳴を上げてしまった。他の五人も、あまりのことに固まってしまっている。
 六人のいる廊下の窓という窓全てに、赤い文字で
『ゼッタイニカエサナイ』
とあった。廊下には何だか、錆びた鉄のような臭いが漂っていた。
「か、帰さないって、一体」
 加藤は震えながら立ち上がり、右手に懐中電灯を握り、
「いやだ、そんな。わあああああっ!」
 叫びだし、廊下を走り出した。それに対して、他の五人も慌てて立ち上がり、綾部が叫ぶ。
「加藤、待つんだ! 一人で行ったらやばい!」
 そして、五人は加藤を追いかけ始めた。が、加藤は途中でいきなりこけた。それで、ようやく五人は追いついた。どうやら、何かに滑ったらしい。
「加藤、大丈夫? 全く、勝手に一人で行かないの。よく分からないけど、今は危ないんだから」
 大島が声を掛けるが、加藤は返事をしない。それを不思議に思い、大島は加藤の肩に手をかけた。が、黒澤がそれを引き剥がした。
「ちょっと、何すんの?」
「見て分からないの? もう加藤君はダメよ」
「ちょ、何言って」
 大島が反論しようとすると、ズルッという音がした。見ると、加藤の体が少しずつ床に呑まれていっている。いや、違う。加藤の体の下に、水たまりがある。それも、赤い。
「加藤!」
 慌てて大島が助けようとするが、黒澤がそれを止める。
「退きなさいよ!」
「ダメよ。あなたも呑み込まれるかもしれない」
「それでも!」
「ダメったらダメよ!」
 そんなやり取りをしている間にも、加藤の体は水たまりに消えていく。そしてとうとう、加藤は水たまりの向こうに沈んでしまった。
 加藤の体が水たまりの向こうに消えた後、水は少しずつ床に吸い込まれるように消えていき、やがて水が完全にそこからなくなった。すると水たまりのあった場所に、マジックで書いたような字で、
『図書館で待っている』
とあった。走り書きのような筆跡を見て、大島は小さく声を上げる。
「大島さん、何か知ってるの?」
 斎藤が問うと、大島は小さく頷く。
「この字、小田切の字だわ」
「何だ、それじゃあこの一件は、全部小田切のいたずらってわけ?」
「それにしちゃあ、仕掛けが凝り過ぎてないか? それとも長谷部さんは、こんな仕掛けが小田切にできると?」
「じゃあ、一体なんだっていうわけ!?」
 長谷部が綾部に掴みかかるが、それを斎藤が間に入って宥める。
「落ち着きなよ。とにかく、図書館に行ってみよう。きっとそこで、全部分かるから」
「……私は行かないわ」
 突然の言葉に、皆驚いた。
「黒澤、突然何言って」
「だって、図書館もあの噂の中に入ってるわ。私、行きたくない。行ったらきっと、小田切君や加藤君みたいに」
「でも、一人でいたらもっと危ないんじゃ」
「じゃあ、あたしが残るよ」
 長谷部の言葉に、一斉に振り返る。
「いいのか?」
「正直、あたしも図書館には行きたくないし。三人で行って来なよ。あたしたちはここで待ってるからさ」
「でも女二人じゃ」
「大丈夫だって。残りは四つ。ここはそのどれとも当てはまらないよ」
「確かにそうだけど」
 まだ何か言いたげな斎藤の背を、長谷部は叩く。
「ほら、とっとと行って来なよ」
「なら、行って来るわ。二人とも、そこを動かないようにね」
 大島がそう言うと、黒澤と長谷部は頷く。そして、大島は綾部と斎藤の腕を取り、行ってしまった。
 それを見送って、ふと黒澤は近くに転がっていた加藤の懐中電灯を取る。それを見て、黒澤は眉を顰めた。
「長谷部さん」
「ん? 何?」
 そう言って長谷部は、黒澤の手の中にある懐中電灯を見る。そして、目を瞠る。
「これ」
「うん」
 そして、長谷部は心配そうに三人の行った方を見る。
「大丈夫かな?」
「分かんない。でも、私たちはここに残っているって言ったから、待ちましょう」
「……そうだね」
 そして、黒澤は懐中電灯を再び床に置く。
 懐中電灯には、白い文字で次のように書かれていた。

——水たまりに触れてはいけない……他の者が呼び出されてしまうから

「大丈夫かな? 二人は」
「大丈夫でしょ。黒澤さんも長谷部さんも、結構しっかりしてるし」
「とにかく、俺たちはさっさと図書館に行っちゃおう」
「……そうだな」
 そして、三人は階段を上り始めた。
 ちょうど、階段を一つ分上りきった時だった。
「いやあああああああぁっ!」
 その声に聞き覚えがあって、三人はお互いに顔を見合わせる。
「今の」
「黒澤だ!」
 三人は今上った階段を、慌てて駆け下りた。

 ただ待ち続けるのも心細いからと、二人はいつしか世間話を始めていた。勿論、お互い大して仲が良いわけではなかったので、お互いに良く知っている人物の話になってしまう。
「でね、その時斎藤君ったら、もうカンカンに怒ってね」
「え〜、マジで? 斎藤が怒ったところなんか、想像できない」
「私たちもね、その時が初めてだったなあ。斎藤君があんな怒鳴り声を出すところなんて」
 ダム、ダム、ダム、ダム。
 何処からか、規則正しい音が聞こえる。その音に最初気付かなかったが、音は段々大きくなり、二人ともお互いの顔を見る。
「この音」
「何だろ?」
 そして、二人は音のする方を見る。するとそこには、バスケ部のユニフォームを着た女がいた。背格好は、長谷部や黒澤に近いものがある。そしてそれは、バスケットボールをつきながら、少しずつこちらに近付いてくる。それを見ながら、長谷部はふと立ち上がる。
「まさか」
「長谷部さん?」
 黒澤が声を掛けると、長谷部は黒澤の方を向く。その顔は、少しだけだが青ざめていた。
「ねえ黒澤さん、四つ目って確か、もう一人の自分と目を合わせちゃいけない、だったっけ?」
「う、うん。そうだけど。それがどうか……!?」
 そこで、黒澤も慌てて立ち上がる。それと同時、こちらに近付いてくる女がこちらに顔を向けた。その顔は、紙のように白いことを除いては、長谷部のものと同じだった。
「逃げましょう!」
「……うん」
 そして、二人は走り始めた。だが、後ろからボールのつく音がする。黒澤が振り返って見ると、長谷部と同じ顔をした女も、ボールをつきながら追いかけてくる。
「後ろ向いてる暇はないよ! 早く!」
 長谷部にそう言われるが、うまく走れない。
「ちょっと、待って」
「ああ、もう!」
 そう叫ぶと、長谷部は振り返り、黒澤の手を取り、再び走り出そうとした。が、その時、黒澤の向こうに自分と同じ顔の女がいた。
——目が、合ってしまった。
「黒澤さん、逃げな」
「え?」
 黒澤が長谷部を見ると、長谷部の体に黒い手のようなものがいくつも巻きついているのが分かった。
「は、長谷部さん」
 黒澤が真っ青になりながらも声をかけるが、長谷部は苦笑して、
「どうやら、ダメみたい」
と言うと、黒い手はあっという間に長谷部の体を覆い、そのまま長谷部を闇に溶かしてしまった。
 気がつくと、目の前の壁にべったりとした黒い文字で、
——もう一人の自分と目を合わせてはいけない……闇に溶けてしまうから
とあった。それを見て、黒澤は体を震わせる。
「いやあああああああぁっ!」
 そして、廊下に叫び声が木霊した。

 行ってみると、黒澤が両手で顔を覆い、泣きじゃくっていた。
「黒澤さん、どうしたの?」
 斎藤が声を掛けると、黒澤はばっと顔を上げた。その顔色は真っ青だった。
「さ、斎藤君」
「黒澤、長谷部さんは?」
 綾部が問うと、黒澤は何も言わず、壁を指差す。それに、全員が視線をやる。するとそこには、べったりとした黒い文字で文が書かれていた。それを見て、綾部が舌打ちする。
「くそ、長谷部さんもか」
「取り敢えず、もう四人で一緒に動きましょう」
 だが、黒澤は首を振る。
「もう、やだぁ」
「何言ってんだよ?ほら、立てよ」
 そう言って綾部が手を差し伸べるが、黒澤は首を振る。
「もううんざりよ。帰りましょうよ、ねえ!」
「何言ってんのよ? 黒澤さん、一体どうやって帰ろうって言うの? それに、加藤はどうするのよ?」
「加藤君なんて知らないわよ! それよりも、自分の安全の方が大事だわ!」
 取り乱したように叫ぶと、大島はさっと顔色を変える。
「黒澤さん、加藤を見捨てるつもり?」
「見捨てるも何も、あれじゃあもう助からないわよ!」
 すると、大島は黒澤に掴み掛かろうとする。が、それを辛うじて斎藤が止める。
「放せ、斎藤!」
「落ち着きなって! 今ケンカしたって、何も解決しない!」
「だけど、こいつは加藤を見捨てるって!」
「黒澤だって混乱してるんだ」
「だけど……!」
「止めなよ。ほら黒澤も、どうやったって帰るなんて、今のところ無理なんだから、とりあえず図書館に行ってみよう?」
 綾部が宥めるように言うが、黒澤は首を振り、突然立ち上がる。
「黒澤?」
「私一人でも帰る」
「でも、どうやって?」
「どうにかして!」
 そう言うと、黒澤は懐中電灯を片手に、廊下を走って行った。
「ちょ、黒澤!」
「放っときなさいよ。どうせその内、帰って来るわ」
「そうとは限らないだろ! 下手したら、あいつだって」
「とにかく、追おう」
 そして、綾部と斎藤は黒澤の行った方へ走る。やがて、大島も走り出す。

 一方黒澤は、歩きながらもどうすれば校内から出られるのか、考えていた。
 窓や扉は開かない。ガラスも割ることが出来ない。ならばあとは……。
 考えながら歩いていると、ふと奇妙な既視感を感じる。だが、最初の内は気のせいだと思い、再び歩き始める。
 それにしても奇妙だ。先ほども長い廊下を歩いた気がする。それも、何回も。だが、一向に階段に着かない。それを不思議に思い、黒澤はふと顔を上げる。すると、目の前に奇妙な光景が浮かんでいた。
 廊下の床や壁、天井の境界線がぐにゃぐにゃと曲がっているように見え、心なしか懐中電灯の光が霞んでいる気がする。廊下の先は、まるで霧の中にあるようにはっきりと見えない。
「な、何これ?」
 黒澤はその光景に軽い恐怖心を覚えながら、辺りを見渡す。すると、やはり同じように、霧に包まれているように遠くの景色が白く見える。
「何よ、これ。何で」
 そう呟きながら、黒澤は辺りを懐中電灯で照らすが、まるで役に立たない。遠くにあった霧は、だんだんこちらに近付き、やがて黒澤までも霧の中に紛れそうであった。
「何よ、こんなの、こんなの」
 そう言いながら、黒澤は懐中電灯で辺りを照らす。しかし、今やどちらに何があるのか、さっぱりわからなくなっていた。
「いや、これ、どっちなの? どっちが、一体」
 その時、黒澤の耳元で生温かい息がかかり、
「いらっしゃい」
という声がした。その声は、聞き覚えのあるものだった。振り返ると、そこには長谷部がいた。長谷部はにっこりと笑うと、黒澤の手を取る。
「さあ、行きましょう」
 その声に、黒澤は静かに頷いた。

 遠くで何かが落ちる音が聞こえ、三人はお互いに顔を見合わせる。
「今の」
「行ってみましょう!」
 そして、三人は物音の聞こえた方へ走って行った。
 そこは、廊下が十字に交わる十字路だった。その十字路の中央に、懐中電灯が落ちている。それを拾い上げてみると、端に白い文字で、『黒澤』とあった。
「どう?」
「……黒澤のだ」
 それを聞いて、斎藤は舌打ちする。
「とにかく、これで残りは三人。どうする? 図書館に行く?」
 斎藤が問うと、綾部と大島は少し考え込み、やがて、二人とも頷く。
「行ってみましょう。もしかしたら、加藤は無事かもしれないし」
「それに、このまま夜が明けるのを待つのも、なんだか癪だしな」
「……そうだな。それじゃあ、行ってみよう」
 そして、三人は図書館へ向かった。
 三人が去った後、十字路の中央に、白い文字が浮かび上がった。

——辻で迷ってはいけない……引きずり込まれた者に攫われてしまうから

 図書館は、いつもなら閉館すれば鍵が閉まっているはずだった。しかしこの時は、図書館は開いていたのだ。
「何か、いかにも誘われてる感じね」
「確かに」
 そして、三人が図書館に入ると、まずカウンターが目に入る。そしてそのカウンターの近くに、人影があった。それを懐中電灯で照らそうとすると、影は光を避けるように横に動く。
「ちょ、おい!」
 綾部が声をかけると、それは闇に溶けるように消えてしまった。
「今の、何だったんだ?」
「さあ? ただ、背格好からして加藤じゃないな」
「だったら、誰だって言うわけ?」
 その時だった。
「わああああっ!」
 図書館の奥の方から、叫び声がする。そしてそれを聞いて、三人ともそちらの方に懐中電灯を向ける。しかし、懐中電灯の光が届く距離より遠いところで、その叫び声は上がったらしい。元凶らしいものは、見えなかった。
「今のは」
「間違いなく、加藤のだわ」
「……どうする?」
 斎藤が問うと、大島は図書館の奥の闇を見つめながら、
「行くしかないでしょう。このまま加藤を無視することもできないし」
「そうだな。行くしかないだろ」
 綾部まで大島の言葉に同意するのを聞いて、斎藤も頷く。
「分かった。それじゃあ、行こう」

 本棚の間に立たぬよう気を付けながら、三人は暗い図書館の奥へ進んで行った。やがて一番奥まで来たが、何もない。
「奥まで来たけど、何もないな」
 綾部がそう言ったと同時、背後からくすりと笑う声が聞こえた。驚いて三人が振り返ると、そこには黒い影があった。そう、影だ。黒いだけの、影。それが立体的に浮き上がっていたのだ。
「な、何だ?」
 斎藤が懐中電灯の光をその影に当てるが、影は影のままだった。顔も何もかも、黒く塗りつぶされた影は、突然口を開いた。
「誰をお捜しかい?」
 明るい声と口調は、影には似合わないものだった。
「おや、君たちは口をきけないのかい? ああ、僕の姿に驚いているわけだね?」
 あまりに驚いて何も言えない三人に構わず、影は喋り続けた。
「何たって僕は影だからね。そう、君たちの足元に伸びている影さ。何で浮き上がって、しかも喋ってるかって? そりゃあ簡単だよ。先ほど、僕と彼は入れ替わったからね。だから、僕はこうして立ち上がって、喋ってるわけだよ」
「先ほど、入れ替わった?」
 ようやく口を開けたわけだが、しかし声には少しだけ震えが混じっていた。
「ん? そうだよ。ああ、彼の名前は何って言ったかな。……そうそう、確か、加藤隆と言ったかな」
 それを聞いて、三人は驚いた。『加藤隆』は、今まさに三人が捜している、加藤の名前だったからだ。
「そ、それじゃあお前が」
「ああ、そうだよ。加藤隆の影さ」
「加藤は、加藤は何処にやったのよ!?」
 大島が問うと、影はにやりと笑い、
「さあねえ」
とだけ言うと、何処かへ走って行った。
「待て!」
 綾部はそう言うと、影を追った。
「綾部、ちょっと待て!」
 斎藤が声をかけるが、既に綾部は行ってしまった。仕方なく、二人は綾部を追う。三人は、本棚の間は避けながら影を追っていた。そして、それから数分も経たぬ内に、影は角に追い詰められた。
「さあ、もう逃げ場はないぞ」
 そう言って、綾部が一歩踏み出した時だった。影はにやりと笑う。それを見て、大島が気付いた。影が追い詰められた場所は、必ず本棚の間を通らなければいけないのだ。
「綾部、下がって!」
 だが、その時には既に遅く、影は消えていて、綾部の目の前には何か裂け目のようなものがあった。そして、そこから白い手が伸びる。慌てて斎藤が綾部を引き戻そうとするが、綾部の体は少しも動かない。それどころか、綾部は呼び声にすら応じなかった。そして、白い手はいくつも出てきて、綾部の体のあちこちを掴むと、裂け目の方へと引きずっていく。大島や斎藤も綾部を引っ張るが、何かに押される気配を感じると同時、二人とも綾部の体から引き剥がされた。そして、数秒もしない内に、綾部は裂け目の向こうに消えてしまった。
「綾部—————!」
 静かな図書館に、叫び声が木霊する。

 それから二人は、図書館の入り口に戻り、そのまま掲示板の前を通り過ぎ、図書館を後にする。
 掲示板には色々と貼られていて、その所々に赤い丸で印がされていた。もし二人がそれを見つけ、左から順に読んでいったら、もうそこから動けなかったかもしれない。

——本棚の間に立ってはいけない……隙間に引きずり込まれるから

 図書館を出て、二人は二階に降りた。そして一階へ行こうとした時だった。いくら懐中電灯を照らしても、階段は真っ暗なのだ。
「何、これ?」
「分かんない。あ、そうだ」
 そう言って、斎藤はポケットから小さな錘を出す。
「それ、どうしたの?」
「昨日釣りに行った時の残り」
 そう言いながら、それを階段に向かって投げた。すると、それは水音を立てて闇に落ちた。それと同時だった。階段に満ちていた闇がざわざわとさざ波を立てる。そして次の瞬間、闇の中から生白い腕が水音を立てながら出てきた。
「これ、一体」
「とにかく、逃げよう!」
 そして、斎藤は大島の手を取ると、走り出した。
「どうする!?」
「とりあえず、他の階段を使おう!」
「そこもダメだったら?」
 すると、斎藤は足を止め、大島の方を向き、
「その時は、上に行こう」
「上?」
「そうだ。上に行って、朝までやり過ごそう。朝になれば、きっと助かる」
「……そうね」
 そして、二人は次に近くにある階段へ向かう。
 行ってみると、やはりそこは闇で満たされていた。それに、先ほどよりも二階に近い部分まで。
「ねえ、これってもしかして、少しずつ上がってきてる?」
「そうかも。やっぱり、上に行くしかないか」
「それじゃあ、何処かの教室に行こう」
「だな」
 そして、二人は階段を上る。それと同時、闇が少しずつ増えて、遂に二階の床まで到達しようとした。

 三階に行ってみると、不思議なことに何処の教室も開かなかった。
「もう、鍵でもしまってるのかな」
「おかしいな。教室には鍵なんてかかってなかったと思ったんだけど」
 それと同時だった。廊下の向こうから、何かを叩く音が聞こえた。それに二人は驚き、廊下を懐中電灯で照らす。しかし、原因と思われるものは一向に見当たらない。
「何だと思う?」
「まさか、さっきの腕とか?」
 二人の頬に冷や汗が流れる。そして、ひたひたと何かが歩く音が聞こえてきた。しかもそれは、段々こちらに近付いてくる。二人は、それを恐れるように少しずつ下がっていく。廊下の向こうに白い何かが見えた瞬間、二人は走り出した。
 階段に行くと、二階へ行く部分はすでに闇で満たされていた。
「どうする?」
「どうするって、もう上は」
「屋上に行くしかないか」
「でも、屋上は……」
「角に立たなきゃ大丈夫さ。それに、他に行ける場所はある?」
 すると、大島は首を振る。
「だろ? だったら、行くしかない」
「そう、ね。うん、行こう」
 そして、二人は階段を駆け上る。その背後からも、足音は聞こえてきていた。

 屋上に出て、二人は扉を閉め、そのまま座り込んだ。辺りはまだ闇に包まれている。見ると、空に浮かんだ満月も、まだ高い位置にある。
「ねえ、今何時か分かる?」
「ごめん、今日は時計、持って来てないや」
「そう」
 そして、二人はしばし何も話さなかった。
 どれくらい経ったかは分からないが、それでも二人には十分長い時間が経って、大島はふと斎藤の方を見る。
「皆は、どうなったと思う?」
「大島さんはどうなったと思うの?」
 逆に問い返され、大島は俯きながら、
「分かんないわよ。ただ、もう二度と会えないのかなって」
「会えるよ」
 やけにはっきりと言いきった斎藤の言葉に、大島は驚くと同時に、奇妙に思った。言い切った斎藤の声が、少しいつも違って聞こえたからだ。
「やけに自信があるのね」
「まあね」
 そう言うと、斎藤はおもむろに立ち上がる。
「ねえ、大島さん。何で他の人は皆消えたのに、最初に七人が校舎に入った時は、出られないだけだったと思う?」
 突然問われ、大島は面食らう。確かに、最初七人が校舎に入った時には、ただ出られないだけなのかは不思議だ。他の時は、皆消えてしまったのに。
「そんなの、分かんないわよ」
 そう答えると、斎藤はさもおかしそうに笑う。その姿は、何処か不気味だった。
「そうだろうねえ。そうだ、大島さん。時間を潰せるように、面白い話をしたげるよ」
「どんな話?」
「まあ聞いてよ」
 そう言うと、斎藤はこちらを見ないで、話し始めた。
「学校にはさ、わずかなんだけど、隙間っていうのがあるらしいんだ」
「隙間?」
「そう、隙間。それは目に見えない隙間でさ、でも、時々俺たちにも見える時がある。廊下の角だとか、トイレの鏡、本棚の間や階段、それに屋上とか。特に雨や曇りっていう、少し暗い日なんかは、真昼間でもはっきりと見えることがあるんだって」
「でも斎藤、その隙間があるとして、一体そこから何が見えるって言うの?」
 大島が問うと、斎藤は軽く肩を竦める。
「さあ、何だろうね。化け物か物の怪か、或いは亡霊か。そこは俺にも分かんないや」
 そして、斎藤は大島の方を向き、
「ねえ大島さん、さっき、何で最初は誰も消えなかったのかって話したよね?」
「ええ、したわね」
「違うんだよ。あれにはもう一つ意味があってね」
 それを聞いて、大島は立ち上がった。何か、嫌な予感がする。心なしか、斎藤の声や顔つきが、別人に思える。
「斎藤君はねえ、最初にこの校舎に入った時から、消えてたんだよ。そして、俺が斎藤になり代わった」
「ちょ、斎藤。何冗談言ってるの? 笑えないわよ」
 そう言いながらも、大島は扉に張り付き、ドアノブを回そうとした。その時、扉からドンドンドンッと、いくつもの何かが扉を激しく叩く音がした。慌てて大島は扉から離れる。そして、ふと斎藤の方を見ると、そこにいるのは斎藤ではなかった。
「さて、残るは君一人だ。そうすれば、全てが終わる」
 そう言って、その者は少しずつ大島に近付く。そして大島も、少しずつその者から離れようとする。
「こ、来ないでよ! 来ないで!」
「恐がることはないよ。他の皆も待っている。君一人じゃない」
 その者はそう言って笑う。
 それから大して時間もかからずに、大島は屋上の角の近くまで追い詰められていた。
「さ、逃げ道はもうないよ?」
 そして、その者は大島の前に立つ。すると、大島は突然その者に背を向け、屋上から飛び降りた。
 それを見て、その者は冷笑し、
「バカな奴。飛び降りたって、無駄なのに」
と言うと、踵を返し、そのまま何処かへ消えてしまった。

 数日後。
「昨日は楽しかったな、サイトー」
「そうだね」
 そんな話をしながら、綾部と斎藤は、先日使われることのなかった望遠鏡の手入れをする。
 時計が六時を指す頃、部室の扉が開く。
「あ、来た来た」
「ごめん。抜け出すの大変で」
 そう言って謝るのは長谷部だ。そしてその隣には、長谷部を迎えに行った黒澤がいる。二人は部室に入ると、その辺にある丸イスに座る。
「まあ、バスケ部のエースである長谷部を、大会前に少しお借りするって方が無理な相談でもあるよな」
 斎藤の言葉に、黒澤が頷く。
「バスケ部の部長も同じこと言ってたわ。科学部は何様だって愚痴こぼしてたし」
「至極ごもっとも」
「まあそれはいいとして。あとは、大島さんと加藤君、それに小田切君か」
「何か、言い慣れないなあ」
 綾部が苦笑すると、他の三人も苦笑しながら頷く。
「ついこの間まで、小川さん、木下君、大村君だったからね」
「バカ、誰が聞いてるか分かんないだから」
 綾部がそう言うが、全員顔は笑っていた。すると、扉ががらりと開く。
「ずいぶん楽しそうね。私たちも混ぜてくれない?」
「あ、遅いよ!」
 長谷部がそう言うと、加藤は小田切を指差し、
「悪い悪い。小田切の奴がてこずってさ」
と言うと、小田切はムッとした表情で反論する。
「そう言う加藤だって、榊原先生にたっぷりとお叱りを受けてたじゃないか」
「まあまあ。そう言うのはまたあとにしなよ。とにかく、座りなって」
 斎藤がそう言うと、三人は残った丸イスに座った。
「さて、皆もう、慣れたか?」
 斎藤が問うと、全員首を振る。
「全然。呼ばれる名前は違うし、姿形も全く違うから、ちょっとなあ」
「それに、このメンバーの今の名前を呼ぶのも、まだちょっと言い慣れないし」
 加藤と小田切がそう言うと、他の者も頷く。
「でも、それはその内慣れるでしょ。それよりさあ、今度皆で、カラオケに行かない?」
 長谷部が提案すると、大島と黒澤が即座に賛成した。
「いいわね。何処行く?」
「何か、クラスの子から聞いたところで、いい場所があるらしいよ」
「今度の土曜だと、長谷部は大会だから」
「でも、午後からなら大丈夫だよ」
「そうね。それじゃあ、応援ついでに行きましょうか」
 知らない内にどんどんと話が進んでいるのを見て、他の四人はお互いを見合って、
「あいつら、十分適応してるよな」
「まあいいじゃん」
「にしても、ここ二十年で、世の中はずいぶん変わったなあ」
「アイドルとか、俺らの知ってる奴ってもういないよなあ」
「そうそう、皆年取っててさ」
「今度は何年後だと思うよ?」
「さあ、どうなんだろうなあ。やっぱり同じくらいじゃね?」
「まあいずれにしても、俺たちは戻れたんだ。これは祝うべきことだろ」
「……だな。じゃあ、カラオケはその祝賀会も兼ねてって事で」
「場所決まったけど、待ち合わせいつにする?」
 突然長谷部に問われ、とりあえず綾部は苦笑して、
「まあ、女子に任せるよ。詳しいことはほら、メールで」
「了解! それじゃあ、あたしは部活行って来る。じゃあね!」
 そして、長谷部が出て行くと、他の者もそろそろ帰ろうという話になり、部室をあとにした。

多分七人ミサキとかその辺を題材にしてた気がする。
読むとそんな怖くないかなって思っちゃうし、書いてる時も「これはホラーか?」とか言ってた気がする。

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