引退勇者の復帰

〜信じて送り出した娘(外見イケメン)が魔王城の四天王になってしまったらしいので責任をとってママ(外見イケオジ)がお尻ペンペンしにいきます!〜っていう話です。(若干違うかもしれない)(2019/10/11公開時コメント)

 首筋に突きつけた剣先を引く。目の前の可愛い娘、見た目は呪いのせいで顔のいい男だがハヤミにとっては紛うことなき可愛い娘だ、娘のハルキは父親に似たのか、心優しく穏やかな気性で、そして誰に似たのか争いを好まない性格に育ってしまった。それがこんなところ、旅立ちの前の手合わせにも出てしまったのだろう。
「心配だな」
 思わずこぼすと、ハルキは悔しげに顔をしかめる。
「母さんより強い魔物が出ないことを祈ってて」
「祈ってるよ。お前の無事と活躍を。そして、勇者に伝わる忌々しい呪いを解くことのできる相手が見つかることも」
 剣を鞘におさめ、手を取って立ち上がらせる。ついでにハヤミは自身の勇者としての姿を解き、本来の姿に戻る。そうして並んで立つと、大きくなったなと思う。勇者としての姿ではまだ小さいが、本来の姿では既に背を抜かれてしまっている。
「大きくなったな」
「もう十六だし。勇者形態はまだ追いついてないけど」
「それは仕方ない。私も母に背が追いつくことはなかった。勇者形態は引退年齢まで成長し続けるから」
「わかってても悔しい」
「旅の中で、私より強くなれ」
「努力します」
「うん。頑張れ。ハルキは強くなれる。私より魔法が得意で、ユウキより近接戦が得意。だから、私にとってのユウキみたいな人と出会えれば、きっと私達より強くなれる」
 すると、ハルキは自信がなさそうな表情になる。
「そこは、あんまり自信ないなあ。本当に、私を心から愛してくれる人に出会えると思う?」
 ハヤミもハルキも、勇者という役割を与えられている。そしてこの勇者という役割には、数多くの祝福といくつかの呪いが付与されているのだが、その呪いの一つが、性別が変わってしまうというものだった。生まれた時は自身の性別なのだが、七歳から十歳の間に祝福と呪いが授けられ、性別が元のものとは別のものになってしまう。これは、その昔パーティー内の人間関係で揉めた勇者の反省を活かしてのことと神はのたまっていたが、当事者からしたらたまったものではない。
 唯一救いがあるのは、勇者を性別など関係なく心から愛する者と相思相愛になることで呪いが半分解除され、姿の切り替えが任意でできるようになるということだ。だから、勇者となった者は魔王がいようといまいと旅に出て、自身を愛してくれる者を探しに行くことになっている。少なくともハヤミの家系はそうである。
 ハルキはそれに加えて、魔王軍の活動が再び活発になっているので、そちらの牽制にも行くつもりだ。だが、ハルキとしてはやはりパートナー探しの方がメインなのだろう。
 そして今、旅立ちを前にして、本当に見つかるのかと不安になっているのだ。かつてのハヤミもそうであったので、気持ちはよくわかる。一生性別が違うままかもしれないという怯えには覚えがある。けれどそれに対し、共感や気休めを言っても仕方がない。
 やはりかつての母と同じことを言うしかないかと思い、ハヤミはハルキの背中を軽く叩く。
「そこは自信を持て。……と言っても持てないだろうし、そうだな、出会えたら幸運くらいに思えばいい」
「……そう思っておくよ」
「出会えたら連絡をくれ。こっちでユウキとお祝いするから」
「挨拶に行くよ」
「はは、そうなったら村も巻き込んで宴会だ」
 そんな日がくればいいと思いつつ、ハヤミはハルキの顔を見た。ハヤミよりユウキに似たのだろう。どちらかというと優しい顔立ちで、目を大きく開くとようやくハヤミの勇者形態に近くなる。
「女の子に苦労しそうな顔だな」
「やめて。私も少し気にしてるんだから」
「本当に女の子で困ったら連絡しなさい。ユウキのピクシーの杖を送るから」
「……アレはアレで問題あると思うけど」
「少なくともファン層は変わる」
「なるべく穏便にいきたいんだけど」
「最後の教えを授けてやろう。勇者に穏便は無縁だ」
 途端、ハルキはげえと言いたげな顔になる。
「やっぱりそうなんだ」
「そうなんだ。でもその分、面白いことも楽しいことも多い。勿論厄介事も。それらを乗り越えて、真実の愛を見つけるんだ」
「どんどん自信がなくなってく」
「大丈夫、ハルキは私とユウキの子ども。なんだかんだ乗り越えられる。今日までハルキを育てた、私とユウキを信じて」
「そりゃ、信じるけど」
「けど?」
 何が不安なのかと思っていると、ハルキはやがて一度首を振り、自身の両頬を叩く。どうやら弱気モードは終わりのようだ。ハルキは基本的に弱気なことが多いが、こうと定めてしまうとガンガンその方向に進んでしまう。ガンガン進む時の強気はハヤミにそっくりだとユウキは話していた。
「いや、やめる! どうせ明日には旅立つし、それは変えるつもりはないし、今更不安に思ってもしょうがないよな」
「それはそうだが」
「母さん、私、少しどころじゃなく不安だけど、頑張ってくるよ。だから、ニュースとか瓦版とかチェックしてて」
「それは勿論」
「待ってろ運命の人! 絶対迎えに行くから!」
 なぜか夕日に向かって叫ぶハルキを見て、この辺りは誰に似たのだろうかと思いつつ、ハヤミはもう一度ハルキの背中を叩く。
「ああ、頑張れ。信じてここで見守ってるからな」
 すると、ハルキはこちらを見て、任せてくれと笑顔を見せる。それを見て、ハヤミはようやく、安心してハルキを送り出せると思えた。

 その一年後。
 とあるニュースを聞き、ハヤミは驚いてしまった。
 連日瓦版を騒がせている魔王軍、その四天王の一人が入れ替わり、新しく四天王となった男、ハルバードとやらが、どう見てもハヤミの可愛い娘、ハルキであった。
 驚いたハヤミは急いで家に駆け込む。そこでは最愛のパートナーであるユウキが魔除けの布を織っているところだった。
「ユウキ、大変! 私達のハルキが」
 声を上げると、ユウキはきょとんとした顔をしつつ首を傾げる。互いに三十代後半に入っているが、いくつになってもユウキのこういう仕草を可愛く思うハヤミであった。
「ハルちゃんがどうしたの? あ、もしかして、もう魔王倒しちゃった? 流石僕らの子どもだねえ」
「違う。四天王になった」
「……はい?」
「魔王軍の新しい四天王、ハルバードって名前だけど、どう見てもハルキ」
 高精細瓦版を見せると、ユウキはかっと目を見開き、彼が織っていた布が青く燃え上がった。相当驚いたようだ。
「ハ、ハ、ハヤミ、これ、何が起こって」
「わからない。瓦版でも、半年前から魔王軍に所属してたらしいってことと、ものすごく強いってことしかわからない」
「半年前。ということは、ハルちゃんは半年前かそれ以前に困ってる女の子とかを助けたらたまたま魔王軍関係者で、助けた女の子に気に入られて魔王軍に組み込まれて、そこで頼られたからと協力した結果あれよあれよと出世した感じかな」
「ユウキ、まさか見てた?」
 お得意の千里眼かと思っていると、ユウキは首を横に振る。
「前世に見た読み物でそういう展開のものがあった」
「いつも思うが、ユウキの前世の世界って予言者ばかりか?」
「日常での命の危険が少ない国だから、そういうありえないことを考える暇が有り余ってたんだよ」
「……そう。それにしても、どうする?」
「どうするって、何を」
「ハルキのこと」
「僕はいつだって、ハヤミがやりたいことに力を貸すよ」
 こちらを真っ直ぐに見つめるユウキは、恐らくハヤミが何を考えているのかわかっているのだろう。しかし、ハヤミが言い出すまでは口にしないのだ。今回くらいは先回りしてくれても良かったのだがと思いつつ、ハヤミは口を開く。

 王都メレンゲにて、とある二人の男が連れ立って王城に向かっている。
 片方は年齢は二十代後半くらいだろうか、若い男で、目は性格の穏やかさを思わせる垂れ目、それがおさまる顔はどちらかというと可憐と評してよい顔立ちだ。長いハニーブラウンの髪をゆるく編んだ髪型は男であるのにとても似合っていた。生成り色のローブは神官などがよく使うものに似ているので、恐らくそれに類するものだと推測できる。その割に杖や本などの魔法触媒が見当たらないが、それはカバンの中などに入れているのだろう。
 その隣にいるのは屈強な戦士だった。顔には大きな傷があるものの、それが魅力にも思えるほど整った顔だ。歳は三十代くらいか、年若いというほどでもないが、まだ溌剌とした気配がある。よく見ると背は隣にいる神官らしき男より少し高いくらいだが、その体についた筋肉のせいか、隣の男よりもはるかに大きく見える。まず目に入るのは発達した胸筋だが、他の箇所についている筋肉もそれはそれは立派なものだ。女よりも男の方が彼の姿に驚き、羨望の眼差しで見送っていく。そしてその筋肉こそが鎧とでもいうのか、彼は胸当てと篭手、脚甲くらいしかそれらしい装備をつけておらず、それ以外は普通の布の服だ。腰には赤い鞘に収まった剣が二振り、その片方は少し湾曲していたので、恐らく西方で重用されている曲剣だろう。
 そんな二人であったので、当然周囲は注目する。しかし二人はそれを気にすることなく、王城への道を歩く。
「懐かしいね。ちょっと町並みは変わったみたいだけど、雰囲気は昔のままだ」
「フェルマーのミートパイってまだ売ってるかな」
「うーん、もう二代目とかになってるかも。挨拶が終わったら行ってみようか」
「そうだな。ユウキは行きたいところはないか?」
「久々にメートルさんとこに寄ろうかな。杖の調整とかしてもらいたいし」
「今回はどっち持ってきたんだ? ピクシーか?」
「ピクシーは非常用だよ」
「なんだ、残念だな。私はお前が変身するの、嫌いじゃないんだが」
「だってあれ恥ずかしいよ」
 そんな会話をしているのを聞いて、とあるものがはたと動きを止める。
「ピクシーの杖、ユウキ? ……もしかして、天才魔法使いのユウキ?」
 誰かの声に、その近くにいた者が驚きその二人を改めて見る。どころか、誰かが彼らに近付いた。
「あ、あの、もしや、鉄壁の勇者ハヤテ様と、救世の渡航者にして天才魔法使いのユウキ様ですか!?」
 その声に、彼らは一度きょとんとしたが、次に互いを見て、頷いた。次にこちらを見た時、彼らはどこか面映そうな様子だった。
「懐かしい呼び名だが、間違いではない」
「その天才魔法使いっての、もうやめてほしいんだけどなあ」
 その言葉に、周囲は一斉に湧いた。
「ど、どこにいたんですか!?」
「これは王城に向かう道、ってことは、お二人が魔王軍に立ち向かうってこと?」
「この二人なら安心だ! 人界は安泰だ!」
「もしかして今代の勇者は立たないということですか?」
「そんなことはどうでもいいわよ! お二人の活躍がまた見れるなんて!」
 口々にあがる言葉に、彼らは苦笑を返しつつ、急ぐのでと言って王城に向かって行った。

 鉄壁の勇者ハヤテと天才魔法使いユウキの現役復帰。それはこの世界にとって久々の朗報だった。
 本来であれば当代の勇者が立つはずがなかなかその報せはなく、ただ魔王軍が拡大していくニュースしかなく、最早人間は魔王軍に敗北するかもしれないと危惧されていたところだ。
 そんな中、前勇者の現役復帰は、明るいニュースであり、同時に当代の勇者はなんらかの原因で勇者として戦えないということがわかるという暗いニュースでもあった。ただ幸いなことに、鉄壁の勇者ハヤテは前回の魔王を圧倒的な強さで破ったことで有名で、その彼が現在も全盛期に劣らぬ活躍を見せているという評判も出ているため、人間側はこれで今回も魔族侵攻を防げると安堵していた。

 宿に着き、ハヤミはため息をついた。
「つっかれたー」
「ここまで強行軍だったもんね。お疲れ様」
「体力でいえばユウキの方が大変だろ」
 隣のベッドで倒れ伏しているユウキに声をかけると、彼はこちらを見てへらりと笑う。意外と元気なようだ。
「僕は割と、想定してたよりは平気。途中までハヤテにおんぶしてもらったし」
 そう、途中までハヤテは彼を背負っていたのだ。王都に近い街道に着いたところで降ろせと言われたので、そこからは二人並んで徒歩だった。
「そういえば、今回はユウキが言うからおんぶにしたけど、なんでおんぶだったんだ? 昔はお姫様抱っことかだっただろ」
「僕らが表に出てくるのは十数年ぶりじゃん。その状態でそれやると、ちょっと一部のご婦人方に刺激が強すぎるんじゃないかなあって」
 その言葉に、ハヤミはあることを思い出す。
 現役だった頃に度々見かけた、とある過激なご婦人方。そしてそのご婦人方によるとある騒動。狭い一室、並ぶ机と書物、そこに多数いた……。
「……そうだな。また回収騒ぎとかあったら面倒だ」
 いつだかの騒ぎを思い出して、ハヤミは調子に乗るのはやめようと思い直した。
「わかってくれて嬉しいよ」
「すまない。ちょっとはしゃいでたんだと思う」
 正直に言うと、ユウキはこちらを見てきょとんとする。可愛らしい顔だ。
「はしゃいでた?」
「ああ。だって、久々にユウキと冒険だろう。はしゃぐだろ。ユウキは違うのか?」
 そうだとしたら悲しいと思っていると、ユウキが少し顔を赤くして、ポソポソと何かを言う。
「ユウキ?」
「そう言われちゃうと、その」
 ポソポソと言いながら、ユウキはこちらをちらと見る。ユウキは寝そべり、ハヤミはベッドの上に腰掛けているので、自然ユウキは上目遣いになるわけだが、その仕草が似合うし可愛すぎでは。どうして我が夫はこんなにも可憐で可愛いのだろうか。
「僕だって、嬉しいし、楽しいし、はしゃいでるよ。不謹慎だと思うけど、ね」
 本当に悪いと思っているのだろう。最後には目を伏せてしまった。そうして目を伏せるユウキを見て、ハヤミはベッドから立ち上がり、両手をパンと勢いよく合わせる。途端、ハヤミの足元に真っ赤な魔法陣が現れ、そこから溢れた赤い光に包まれたと思うと、そこには筋骨隆々な男、鉄壁の勇者ハヤテが現れる。
「え、なんで今ハヤテに」
「このままでは旅立ち前の誓いを忘れて不埒なことをしてしまう! ユウキ、私は一度街道の魔物相手に鍛錬をしてくるから! あとでな!」
「え、待って! 鍛錬なら僕も」
「今は一人にしてくれ!」
 落ち着くまでは顔を合わせられないと、ハヤテの姿になったハヤミは宿屋の窓から飛び出した。

 街道の魔物を一通り倒し、魔王城に送りつけたところで、ハヤテはようやく冷静になれた。
「大体、ユウキが可憐なのが悪い」
 本人が聞いたら怒りそうなことをこぼしつつ、ハヤテは周囲を見る。森の中を通っている街道なので、周囲は森のはずなのだが、今のハヤテの八つ当たりによって更地に近い状態になっている。
「流石に怒られるか?」
「あ、ようやく見つけた!」
 甲高い、しかしよく知っている声に、ハヤテは期待を込めた眼差しでそちらを見る。すると、そこには一角獣型の使い魔に乗ったピンクのドレスを着た美少女がいる。最後に見た時は緑を基調とした森の貴婦人といった装いだったはずだが、今回は柔らかな色合いのピンク色のレース生地が寧ろ幼さを感じさせる、そんなショートカクテルドレスを身にまとっている。久々で杖が暴走したのかもしれない。
「すごいな。久々に妖精の姫君降臨といったところか」
「杖がへそ曲げちゃって、これじゃないと馬出さないっていうから」
 そう言いながら、それは使い魔から降り、周囲を見る。
「いくらなんでもやりすぎじゃ」
「私も反省しているところだ。直せるか?」
 訊ねると、それは大丈夫だと頷く。
「リハビリも兼ねて、やってみるよ」
「その姿のままで?」
「妖精魔法は使わないから、元に戻ってからにするよ」
「眼福だから、私はそのままでも構わないが」
「僕のテンションに影響するから」
 そう言ったかと思うと、それをドレスと同色の光が包み、次の瞬間そこには見慣れた生成り色のローブを着たユウキが現れる。その手には細かな彫刻が施された小さな杖がある。それはすぐにその場から消え、次には身の丈ほどの長さの杖が現れた。その杖の先端にはユウキの顔よりも大きな白い石がついている。
「おー、リトルムーン」
「復元はこれが一番だから」
 そう言いながら、ユウキは杖を地面に突き刺し、そこへ手をかざす。
「巻き戻れ」
 ユウキの吐き出した言葉に反応して、杖についた白い石が光り、透き通っていく。それに合わせて、周囲にある切り株が元の樹木になり、更地に草が生え、むき出しの地面を木のタイルやチップが覆っていく。ものの数分で元の森の街道に戻ったのを見て、ハヤテは少し驚いた。
「前より腕があがってる?」
「うーん、やっぱりそう見える?」
「昔はこういう繊細なの苦手だったよな」
「長年の機織りの成果かな」
「あ、あれ本当に鍛錬だった?」
「ミルフィーさんが教えてくれたんだ」
「おお。ミルフィーは元気かな」
「次の街も通信機使えるから、連絡取ってみようか」
「ああ」
 頷きつつ、姿をハヤミの方に戻し、ユウキの隣に立つ。
「いいの?」
 目を丸くするユウキの手を取り、宿への道を戻る。
「こんな時間にこの街道を歩く馬鹿はいない。だから大丈夫。不安なら、繊細な魔力操作ができるようになったユウキが隠蔽魔法でも使ってくれたらいい」
「それはまた別のスキルがいるんだけど」
「じゃあピクシー」
「それは嫌」
「私はどんな姿のユウキでも好きだぞ」
「ハヤミの隣歩くならこっちの方がいい」
 そんなとりとめもない会話をしつつ、二人は宿に戻って行った。

 その瓦版を見て、ハルキは震えてしまった。
 鉄壁の勇者ハヤテの現役復帰。それは考えうる中で最悪の一報だった。
「どどどどどどうする!? どうするんだ父上!?」
 魔王の娘であるガーネットが狼狽えているが、それ以上に魔王自身が狼狽えているようで、ガーネットの言葉にも答えず、魔王オニキスは頭を抱えている。
「鉄壁の勇者が出てくるなんて……」
「そんなにも恐ろしい者なのですか、鉄壁の勇者とは」
 ハルキと同い年だという四天王コランダム二世が訊ねると、もう一人の四天王ラピスラズリが震えながら答えた。
「まだ若い者は知らないだろうけど、約十六年前かな、我々の前回の進軍を阻んだ勇者がこの鉄壁の勇者だ。当時は魔王軍も歴代最強と言われるほどの戦力を持っていたのだが、それらを圧倒したのが鉄壁の勇者率いるパーティーだ」
「不敗の代行者、業血戦士、救世の渡航者、竜窟の覇者、遥かなる者、天命を穿つ者、絢爛姫。いずれも強大な力を持つ者達で、それらをまとめ率いていたのが鉄壁の勇者だ。いずれもまだ存命だが、それでも既に神殿に伝説としてその名が刻まれている面々だ。鉄壁の勇者が現役復帰、更に既に救世の渡航者が同行しているなら、間違いなく他の奴らも立つ。そうなれば、今度は魔界そのものの存続が危ぶまれる」
「今の魔王軍はあの頃に比べてだいぶ弱体化してますしね」
 オニキスとラピスラズリが同時にため息をつく。その様子に、他の若い面々も事の深刻さが実感できてきたようだ。
「ハルバード、何か策はないか!?」
 こちらに縋りついてきたガーネットの顔は青ざめている。それを哀れに思いながら、ハルキは考える。しかし、すぐに答えが出るものではない。まずは接触しないことには。
「少し、時間をください」
「言っておくが、力ではどうにもできんぞ。搦手も通じる確率は低いと思っておけ」
「承知しています。それも踏まえて、一度情報収集に向かいたいと思います」
「……そうか。気をつけていけ」
「父上、私もハルバードと」
「お前は出るな。ハルバード、数名の部下の同行は許すが」
「いえ、私一人で行きます。それをお許しください」
「わかった。信じているからな」
 頷き、ハルキは謁見の間から自室へ移動する。監視魔法も何もないプライベートな空間に移り、ハルキは頭を抱えた。
「まずい。絶対怒ってる。手紙……、いや、火に油だ」
 しかしこまめに連絡は取るべきだったかもしれないと、今になって思う。
 そもそも、ハルキがなぜ魔王軍にいるのか。それは半年前、ハルキが迂闊にも魔王の娘ガーネットを助けてしまったことに起因している。助けた当初はやってしまったと思ったが、元来穏やかな性格で争いごとが苦手なハルキは、これを機に魔王軍に潜入、内側から魔族侵攻の理由を探り、それを止める方法を見つけようと考え、魔王軍に所属したのだ。ただここで誤算だったのは、ハルキは目立つつもりはなかったのに、次から次へと目立った功績を上げてしまい、気がつくと四天王の座についてしまったことだ。登りつめるにしても四天王の副官あたりまでが理想だったのに、なぜこうなってしまったのか。いくら思い返しても、やはり目立ちすぎたの一言に行き着いてしまう。
「そうだよなー、劣勢の魔王軍盛り返させたり、人間を殺さなかったとはいえ撃退はしてしまったし、人間が支配してた魔族の村両手で数え切れないくらいには奪還したし、心当たりしかないなー」
 やってしまったことを自分で数え上げ、ハルキはため息をつく。
 幼い頃から聞いていた父母の所業を聞いてやりすぎだと常々思っていたのに、自分も人のことを言えない状態になっている。
 そう、父母。ハルキの父母が問題であった。元勇者と元勇者パーティーの魔法使い、すなわち先程話題になっていた、鉄壁の勇者と救世の渡航者、それがハルキの両親である。その二人が現役復帰、つまり、彼らはハルキがもう勇者の資格を手放し魔王軍に降ったと思っているのだ。だから自分達が魔王軍を倒し、かつ闇落ちした娘を倒して目を覚まさせようと考えているに違いない。
「誤解だと言いたいけど何も誤解じゃないしそもそも勇者の定義に反してはいるから反論もできない」
 どうするか。かくなる上は本当に戦ってみるか。
「無理無理無理無理! 母さんの勇者形態に勝てる気がしないし父さんにも勝てない!」
 母ハヤミこと勇者ハヤテはとんでもなく強い。出発前の手合わせでもこてんぱんにやられてしまい、ハヤミに「私はちゃんと母上を倒したのに。不安だ」と言われたくらいだ。
 別にハルキが歴代最弱というわけではない。ないはずだ。旅立ってから知ったことだが、並みの魔物や戦士よりも強いし、四天王との手合わせで相手をデコピンで倒せるくらいにはハルキは強い。それにハルキは驚いたし、おかしいのは父母なのだと理解した。そう、父母。父ユウキにもハルキは勝てない。剣だけであれば勝てるが、ユウキの専門は魔法全般だ。魔法という一分野では、ユウキはハヤミすら凌駕する程なので、そもそもハルキが勝てるわけがなかった。
「どうしよう。いや悩む前に様子は見に行かないといけない」
 しかし行きたくない。いや行かなければならない。
 悩みながら、ハルキは鉄壁の勇者の動向を探るため、瓦版を見ようと、端末を手に取った。

 鉄壁の勇者ハヤテと救世の渡航者ユウキの旅は怒涛のものだった。
 まず、魔王軍の支配下に置かれた村や領地の解放のため、そういった土地に訪れては圧倒的な火力で魔物を倒していった。その際、度々四天王が設置していた罠や強力な魔物と遭遇することになったが、ほぼハヤテの渾身の一撃、あるいはユウキの大火力魔法で片付いてしまった。
 魔王軍侵攻の知らせがあれば、すぐさま現地に飛び、前線の魔物を全て吹き飛ばし、魔王軍の後方に飛ばすという荒業も使っていた。時々四天王本人も出てきたが、それらも勿論後列に吹き飛ばした。
 そう、二人はこの旅では極力魔物を倒さないようにしていた。というのも、二人はハルキの意図を汲みかねていたからだ。報せを聞いてカッとなって旅立ったはいいが、ハルキには何か深い理由があって魔王軍に与しているのかもしれない。あるいは、内側からかき回して最終的に魔王軍を倒すつもりだったのかもしれない。その辺りの意図がわからない内に魔王軍を全滅させるのはよくないと、旅立ってから十日ほど経ったところで気付いたのだ。
 そういうわけで、二人はなるべく魔物を殺さず、かつ魔王軍の前線を押し込めていくという、誓約をつけて戦っていた。
 そのかいあってか、二人が旅立ってから一年も経たない頃には、魔王軍を元々の支配地と人界の狭間辺りまで撤退させることに成功していた。

「ここまで来ちゃったね」
 ユウキがそう言いながら窓の外を見る。少し離れたところで、赤い空が広がっているのが見える。魔界独特の空だ。
「ああ。思えば、……そんなに長くないな」
「前回は五年くらいかかったけど、今回はたった一年だからねえ」
「今回はユウキと二人きり、しかも途中余計なトラブルはなしだったからな」
 そう、今回ハヤミはユウキのみを連れて旅をしていた。勿論、道中かつての仲間が合流してくれようとしていたが、ハヤミが「今回は個人的な戦いでもあるから」と言って断ったのだ。それで納得しない者ばかりだったが、そういった場合は手合わせをし、あるいは置いていき、あるいはユウキが交渉することで諦めてもらっていた。
「流石に、娘の後始末を仲間にさせるわけにはいかない」
「そうだね。ハルちゃん、元気かな」
「活躍を聞く限りでは元気そうだし、ふふ、こちらに向けたと思われる刺客や罠も悪くなかった。流石私達の娘だ」
「まだちょっと詰めが甘いところもあるけど、そこはまだ若いって感じだよね」
「ああ。全てが終わったら、いっぱい叱って、いっぱい褒めてやろう」
 そう言って、ハヤミは勇者ハヤテの姿になる。
「行くの?」
「直接魔王軍本隊とぶつかろうと思う。ユウキ、来てくれるか?」
「勿論。僕はハヤテ、いや、ハヤミのやりたいことを叶える、それを人生の喜びとしているんだから」
「ありがとう。……行こう」

ご覧の通り中途半端なところで終わってるので、いつか続きを書いてちゃんと終わらせたいですね。

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