鹿鳴越隼斗のその後の話

インセイン「果てる柘榴月」の感想ふせったーまとめと、後日談と、if後日談。

2.もしもの未来

 ぷかりと浮かび上がり、空を見上げる。今日も天気はいいらしい。気温はわからない。変わった音は聞こえないので、今は漁船も来ていないのだろう。
「あー、暇」
 声をあげつつ、考える。
 結論を言えば、鹿鳴越隼斗は人魚になったのだ。細かい経緯は置いておくが、ひとまずあの肉を食い、人魚になり、そうして肉を一かけら分けてやった。
 そこからしばらくは約束通りヒモ生活を送っていたのだが、隼斗はある時その生活に飽きてしまった。時折物言いたげで見てくる彼にうんざりしたのだ。
 そうして、我がままの一環で海に連れてきてもらい、そこで彼の手から逃げ出した。その時の彼はどこか安堵した表情を見せていた気がするが、これは単に隼斗がそう思っただけなので、本当のところはわからない。聞く機会は今後一生ないだろうし、もし機会があったとしても聞くことはない。まして彼から懺悔などされた日にはたまったものではない。
「自由になった途端こんなに暇になるとは」
 そうこぼすが、それは当然といえば当然の話だった。隼斗の考える暇つぶしと言えば、もっぱら現代文明の利器を使ったもので、しかしそれらは海とは徹底的に相性が悪い。そうなれば、暇つぶしの道具はなくなり、あとには膨大な時間のみが残る。これで隼斗に生産を行う系統の趣味があればよかったのだが、あいにくそういうことに全く興味がなかった。
「編み物とか覚えておけばよかったかな。でもなあ、あんなの面倒そうだしなあ」
 独り言をこぼしつつ、隼斗はひとまず海に潜る。長い間海面から出ていると、肌が乾燥して少し痛くなるのだ。今思うと、あそこで繋がれていた人魚は本当につらかっただろう。やはりあの時殺してやって良かった、良いことをしたなと内心思う。
 しかし暇だ。何もやることがない。このままでは退屈すぎて気が狂いそうだ。
 隼斗は割と真剣に危機感を持った。とにかく刺激がない生活が良くない。このままではぼーっと海を漂う生き物になってしまう。
「いっそ、世界中の海でも冒険するかなあ」
 今なら国籍やパスポートなども関係ない。海だけを冒険するなら人に会わないので言語は関係ない。食料はその辺の魚でも捕まえて食べればいいし、頭を割られない限りは死なないので毒などに気をつける必要もない。道連れも荷物もないし、時間さえあれば身一つでどこへでも行ける。そして時間はほぼ無限にある。
「そうしよ。あとは、帰ってきた時に誰かに武勇伝でも話せたら完璧だな」
 いっそ彼に話したら小説にしてもらえるだろうかと一瞬思うが、そもそも顔を合わせたらお互い気まずいのは目に見えている。それなら、最後まで自分を心配して叱りつけてくれた彼女に話した方がよほど盛り上がりそうだ。
 そう思いながら、隼斗は力強くヒレを動かし、海を巡る旅に出た。

    お名前※通りすがりのままでも送れます

    感想

    簡易感想チェック

    ※↓のボタンを押すと、作品名・サイト名・URLがコピーされます。ツイッター以外で作品を紹介する際にご活用ください。