メアリの見当違いかもしれない努力

インセイン「ハイドアユートピア」の感想ふせったーリンクと、後日談(?)2本。

2.メアリの見当違いかもしれない努力

 メアリ・マキヅルは感情を手放した。あの時、主人である博士を優先し、博士を取り戻すために感情を手放し、元のただのアンドロイドに戻ったのだ。
 しかし、これまでの記録もあるし、その中で何を考えどのように振る舞ったか、その結果どうであったかという蓄積はある。高性能AIを搭載しているメアリからすれば、これまでの経験を使えば、感情があるように振る舞うこともできた。
 しかし、あまり過剰にやってはまたいらぬ騒動になりそうなので、程々に以前、博士が眠るよりかなり前の記録をもとに行動している。ただの人間ならストレスだろうが、メアリはどこまでいってもただのアンドロイドで、精神的なストレスとは無縁だ。主人の心身の健康のためなら、苦でもなんでもない。少なくともメアリは、アンドロイドとはそうあるべきとプログラムされているものだと思っていた。

 メアリは今回のことで自身がいかに周囲に目を向けていないかも理解した。博士と植物以外のこと、例えば世間のことや博士の交流関係を知っていれば、もっと早くに解決できたはずだ。
 博士が目覚めてからというもの、メアリは主人の世話をしつつ、合間で世間の情報も調べるようにした。具体的に言うと、博士が眠っていた間の新聞のアーカイブと、最新のニュースを確認するようになった。そうして情報を集めた結果、メアリはこのままでは、つまり博士とメアリ二人きりの生活を続けるのはよろしくないと判断した。
 というのも、これはメアリがアンドロイドであるからだ。アンドロイド、つまり機械は、総じて人間より早く機能停止する。これは人間をはじめとした生物は多少なりとも自然治癒力を持っているものの、アンドロイドにはそれがないことが起因する。自身の故障を感知することはできるが、それをパーツもなしに修理することはできないのだ。それに、パーツを提供する販売元も永遠に保証をしてくれるわけではない。これまでの傾向から、おおよそ十数年程度でメーカー保証が切れるようだ。とすると、メアリの残り時間もたかが知れている。後継機に記録とAIを引き継がせるという手もなくもないが、博士の収入では難しいだろうし、メアリのためにローンを組んでほしくはない。そもそも、引き継がせた先、スペックの上がったAIやサポートプログラムが果たして『メアリ・マキヅル』を維持してくれるかもわからない。
 いずれにせよ、遠からず今のメアリは故障して、稼働できなくなる日が来る。そして博士を一人残してしまうのだ。その日が来れば、きっと博士は落ち込むし、生活面にも不安がある。
 このまま博士を孤独にしてはいけない。
 メアリの高性能AIが出した結論はそれだった。そのため、メアリはまず、自身が知っている博士の知り合い、神田オリバーを利用することにした。この前の礼がしたいからと博士に彼を呼び出させ、その後も折りに触れてはオリバーを呼び、博士と交流させた。また、以前は出掛ける博士にはついて行かなかったが、それにも同行するようになった。そこで彼の交流関係を理解し、場合によってはそこで知った者と共同研究をしたらどうかと博士にすすめたりもした。弟子になりたいという者も現れたが、これはオリバーと気が合わなさそうだったのでそれとなく理由をつけて断った。
 そうして、メアリは博士の人間関係を少しずつ理解し、時には広げ、彼がアンドロイドに依存しないようにした。いずれパートナーでも得るといいのだがと思っていたが、残念ながらメアリが正常に稼働している間にそれが叶うことはなかった。
 ただ、メアリがいなくなってからは別だろう。その時、博士を一番に支えてくれた者が、博士の良きパートナーになってくれることを祈ろう。
 そう思いながらも、メアリは多少の希望を込めて、遺書を書くことにした。博士だけでなく、自身にも優しく接してくれた、あの彼へ。
 どうか、博士と幸せになってほしいと。

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