滝登先生のお見合い

新CoC「異説・狂人日記」の感想ふせったーリンクと、後日談と、違うエンドならこうなってました描写。なお大正時代のお見合いの作法とかは調べてないです!

滝登先生のお見合い
 年に一度ほど、親族に強く言われて参加する見合いの席のことだった。いい歳なんだからと毎年行われる見合いの席は、最初のうちは断るのに四苦八苦し、一昨年からは山を理由に断らせることができるようになり、随分楽なものになったのだが、今回は更に輪をかけて断りやすくなったと、宗治は内心思っていた。
 滝登宗治という男は、何も女が嫌いというわけではない。どちらかというと、こんな小さな男、顔も十人並みの男、一年の半分は山で金にもならぬことをして、おまけに趣味は幻覚収集ときている。今でも親戚内でやや評判が悪いと言うのに、そんな男に嫁がせて苦労させるのはどうかと思っているのだ。
 そういった心持ちであったので、次回以降の見合いはきっぱり断ろうと決めていた。本当は今回も断りたかったが、宗治の現状を誰ぞに広めてもらう必要があるので、悪いが今回の相手には犠牲者になってもらおうと思ったのだ。

「宗治さん、今回はきっとあんたも気に入るよ!」
「わたしが気に入っても、相手の方がわたしを気に入ってくれなければどうしようもないのでは」
「そんな気弱なこと言いなさんな。宗治さん、顔は悪くないんだし!」
「良くもないんだけど。取り柄は人当たりがいいくらいだ」
「充分な長所だよ!」
 隣に座る叔母が大声で笑いながら、宗治の背を叩く。彼女は宗治より背が高いので、背中というより肩のあたりに手が当たって体が傾ぐ。親戚連中の中でも宗治は一番背が低いのだ。聞いたところによると、曾祖母が宗治くらいだったという話なので、それ由来だろうとの話だ。
 そのまま叔母の話を聞きながら待っていると、仲居が先触れにやってきた。
「お連れ様の葛井様がお越しになられました」
 それから程なくして、紋付きを着た男と、振り袖を着た女が部屋に入ってきた。
「いやー、遅くなってしまってすまないね」
「いえいえ、ようこそお越しくださいました」
 叔母がほほと上品に笑いながら、二人に座るよう促す。
「まずはこちらから紹介しますね。私は水上初と申します。そして隣にいるのが甥である滝登宗治です」
「ご紹介に預かりました、滝登宗治です」
 一応頭を下げるが、男がやや訝しげに宗治を見ているのがわかる。大方、思ったより小さいと思っているのだろう。
「失礼だが、年齢は」
「もうすぐ三十三になります」
「……そうですか」
「小さい男でしょう?」
 にこりと返すと、男はややギョッとした表情になり、そして叔母からは横肘を突かれる。肋のあたりに刺さって痛い。
「ぐっ」
「おほほ、すみません。このように減らず口を叩くので、なかなか縁談もまとまらないのです」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ない」
「そうですわ、お父様。初対面の方をそのようにジロジロと見ては失礼というものです」
 やや気の強い口調の女の声に、宗治はおやと思う。聞き覚えがあったのだ。
「そ、そうだな。ああ、私は葛井幸次郎です。こちらは娘のきくです」
「どうぞおきくと呼んでください、宗治さん」
 にこりと女、きくが笑う。その笑顔を見て、確信を得てしまった。が、彼女が何かを言うまでは黙っていようと宗治は思う。下手に親しげなところを見せて、見合いに乗り気なのだと叔母に思われては困るのだ。
「はあ、よろしくお願いします」
 挨拶をした後、叔母と葛井が互いの人となりについて一通り話した後、あとは当人同士でと言って部屋から出て行ってしまった。
 二人の足音が部屋から遠ざかったところで、こほんと咳払いをして、口を開く。
「ことさんではなかったのですね。おきくさん、その後足は大丈夫ですか?」
「おかげさまですっかり治りました。ことは姉の名前なんです」
「なるほど、そうでしたか」
 頷きながら、三ヶ月ほど前のことを思い出す。丁度麓での買い出しの折に、登山道の途中で足を挫いた女がいた。宗治は下山するところだったので、彼女を背負って下山し、麓の病院まで連れて行ったのだ。買い出しの品を積むための背負子があったので良かったが、そうでなければ彼女を運ぶのは大変だっただろう。
「あの時はありがとうございました。慣れない山歩きで足を挫いて困っていたので、本当に助かりました」
「山で困っている人がいれば、助けるのは当然ですから。しかし、なぜ山に? 火高はあまり心得のない人には向かない山なんですが」
「実はあの時、見合い相手を見に行っていたんです」
 その言葉に宗治はぎょっとしてしまう。
「見合い相手を。えーと、つまり」
「宗治さんに会いに行ったのです。私、納得のできない結婚はしたくないので、事前にお会いしてある程度人となりを見たいのです」
「……そうでしたか」
 相槌を打ちながら、さてあの時道中何を話しただろうかと思うが、何一つ思い出せない。名前を聞いたのは別れ際のことだったはずだ。
「それで、どうでしょうか? やはりこのような背丈の低い男は頼りにならないのでは?」
「そんなことはありません! 寧ろ、病院までの道中で優しい言葉をかけていただいて、良い人なのだなと思ったくらいです」
 印象が良すぎたようだ。それは困ると思いつつ、宗治は口を開いた。
「行きずりの人相手にはいい顔をするものですよ。それに、ご存知かもしれませんが、わたしは一年の半分を山にこもっているような男です。稼ぎもその山籠りに使ってしまう。家長としては頼りないにも程がある男です」
「博打に使ってしまうような男に比べれば問題ありません。火高山で登山をする方のためのお医者さんをやっているのですよね? それなら、人助けのために使っているのですから、寧ろ誇ってもよいのでは」
「趣味も兼ねているのですから、褒められたものではありませんよ」
「控えめな方なんですね」
「……あなたが思うような人間ではありませんよ。正直に言いますと、わたしはわたしに嫁ぐ方は不幸になると思っているのです」
「はあ」
「先にも言った通り、家長としては頼りないし、そのせいで親族からは評判が悪いのです。それと、大っぴらには言えない趣味も持っていますし」
「男性の方が好きとか?」
「登山をしているものは、幻覚を見ることがあるのです。わたしはそういったものを集めているのです。麓で生活している間も、脳病院の患者相手に同じことをしています。それだけなら変わった趣味と言えますが、最近、わたしも幻覚を見ることがありました」
 そうして、あの底濱であった出来事を一通り話してしまう。その間、きくは相槌を打ちつつも、なぜか目を爛々と輝かせながら話を聞いていた。
「そういうわけで、最後には人を食ってしまうかもしれないのです。そんな男との縁談は断ってほしいと、わたしは思っているのです。ついでにこの話を広めていただけると助かるのですが」
 話し終えて息をつくが、きくの顔色が悪くなっている、ということはなかった。
「面白い話でした」
「そうですか?」
「ええ。そこらの男の自慢話よりはよっぽど。私決めました。あなたと結婚します」
「今話した通り、おすすめはできませんが」
「白状すると、私もおかしなものが好きなのです。怪奇小説とかお読みになりますか? 私、ああいうものも好きなんですよね。だから、どうせ結婚するなら人当たりがいい人か、ちょっとおかしい人がいいなと思っていたのです。まさか人当たりが良くておかしな人がこの世にいるとは思いませんでした」
 笑う彼女の目を見て、宗治はああと納得した。幾度か見たことのある、お気に入りを見つけてしまった、執着心の強い人間の目だ。同時に、こういった手合いを止めるのは難しいとも悟る。
「宗治さんはどうですか? 私のような女はお嫌ですか?」
「……そもそも、結婚する気がありませんでしたからね。結婚相手の条件とかは考えたことがありません」
「であれば、私でも構いませんね。どうぞ末永く、よろしくお願いします」

 見合いをおこなった年の春、吉日。滝登宗治は葛井家三女きくを娶ることとなった。
 その翌年、きくは双子の男子を出産。子が生まれてから、宗治は一年の半分を山で暮らす生活を改め、しばらくは山に登るのも控えていた。とはいえ、惹かれるものがあったのか、それとも別の理由か、夏の一時期を山で過ごしていた。その時は家族を連れて行くこともあったし、置いていったこともあった。
 子どもが大きくなり、それぞれが妻を娶った頃に、宗治は再び一年の半分を山で過ごすようになる。終戦直後で世の中は混乱期となっていたため、周囲は眉をひそめていたが、妻であるきくは喜んでいたようで、「ようやく我慢するのをやめてくれました」と話した。
 そうしてその生活を始めた数年後、宗治は山の中で行方不明になってしまった。
 その報せを受けたきくは、ひどく気落ちした様子で、ぽつりとこうこぼした。
「そうするくらいなら、私も食べていってくだされば良かったのに」
 そう言ったきくの左手は、包帯が巻かれていた。

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