特別なドーナツ

CoC「VOID」の自陣の小話2本。まだシナリオクリアしてないけど、一旦小話だけ先にあげちゃうのだ。

特別なドーナツ
「そこの方、ちょっとうちに寄ってくれませんか!?」
 警視庁からの帰り道、不意に声をかけられた。見ると、『ドーナツいかが』という幟が立てられたフードトラックがある。
「あら、ドーナツ屋さん?」
「はい、そうです! 今日開店なんですけど、場所が悪いのかあんまりお客様が寄って来なくてですね。そこで今通りがかったあなた方にサクラとして試食していただきたいなと」
「試食」
「いかがでしょう。サラリーマンと付き添いのVOIDの方」
 久慈はスーツ姿で、レーメーも仕事中に着ている上着ではなく普通のパーカーを着ている状態のため、そう思われたようだ。
「どうしましょう。レーメー、食べる?」
「久慈さんが食べるなら、ご相伴しますけど」
「あ、VOIDの方も食べられる方なんですね。丁度いいです、ぜひぜひ」
「VOIDが食べてるドーナツって、ちょっと嫌がられませんか?」
「狭い価値観の人はうちのお客様じゃないんで」
「わお」
 そっちの派閥の人だったかと思いながら、久慈を見る。時間的には夕飯に近いので、カロリー的なことを気にしているのだろうか。
「回り道して帰ります?」
「……いや、カロリーじゃなくて、差し入れしたら喜ぶかしらと思って」
「浅田さんとかに?」
「でも甘いもの食べる感じじゃなさそうよね」
「案外喜んで食べるかもしれませんよ」
「何なら甘いの苦手な人向けに、甘さ控えめのドーナツもあります。こちらの豆腐ドーナツと、あとこっちのプレーン焼きドーナツは甘さ控えめです。なんならベーグルもあります」
 店員がすかさず営業をしてくるが、妙な言葉が聞こえた。
「ベーグルもあるんですか?」
「穴があいてるからドーナツの一種かなと」
 それは違うのではないだろうか。
「ちょっと違うんじゃないかしら」
「まあ細かいことはいいんです。それでいかがでしょう、試食」
「試食じゃ悪いから、きちんと買うわよ」
「それならなおさら試食してからで! 同情で買ってもらうのは僕のプライドの問題で許せねえので」
「難儀な人ねえ。……まあ、そういうことなら、一ついただきましょうか。レーメーも食べるわよね」
「いただけるなら」
「じゃあこちらから選んでください」
「私はこれにしようかしら。レーメーは?」
 そう言われ、並べられたドーナツを見る。
「ではこちらで」
 砂糖のかかったドーナツを指すと、久慈があらと声を上げる。
「いつだったかも、そのタイプ食べてたわね。好きなの?」
 確かに、以前もこのドーナツを久慈の前で食べていたかもしれない。というか、レーメーはドーナツを選ぶとなるとこのタイプを選択しがちなのだ。
 しかしその理由は、少し久慈には話しづらい。どう説明したものか。
「うーん、好きというか、刷り込み?」

 

 その日レオは定期メンテナンスという口実でスパローに帰る日だった。
「よーし、今日のメンテナンスおしまい! レオから何かある?」
 ニトにそう言われ、レオは最近のやり取りを思い出し、ついでに聞いてみるかと思った。
「えーっと、できるかどうか聞きたいんすけど、食事をする機能って俺にもつけられるんすか?」
「……食事機能つけたいの? 今まで僕がおすすめしても一向につけなかったのに、どういうこと~?」
 もっともな疑問だ。食事機能、アンドロイドでも人間と同様の食事がとれるようにする機能で、これまでニトに改造案の一つとして提案され続けていたが、レオがいらないと断り続けてきたものだ。
「パートナーが、食事中にじっと見られると気になるから、いっそ食事する機能をつけたら、と、おっしゃって」
 正直に話すと、ニトは「あ~」と声をあげる。
「なるほどね。それじゃあ、あんなにお腹いじるの嫌がってたレオでもつけようって思っちゃうかあ」
「腹周りの改造に抵抗があるのはニトのせいっすけど」
「冷蔵庫、便利だったのに」
「それについては一旦忘れてください。で、食事機能って、つけられるんすか? 旧型だとパーツ規格合わないとかないっすか」
「僕がすすめてるんだからつけられるに決まってるじゃん。任せてよ。大容量タイプとかどう?」
「普通のでお願いします」
「ちえ~。じゃあ、部品取り寄せと調整があるから、パーツ届いたら設置と設定して、試運転も必要だから、最低三日くらいはかかるかなあ」
「了解っす。パートナーにも伝えておきます」
「パーツ届いたら連絡するねー」

 それから一週間後、ニトから連絡があったため、レオは久々にスパローで数日過ごすこととなった。パーツの設置はリトの監視と助力もあったため何事もなく終わり、レオは内心安堵していた。試運転の水分摂取は問題なかったので、時間を置いて固体摂取だとリトが説明する。
「固体摂取はなんでもいいんだけど、レオは何か食べたいものある?」
 リトにそう言われたが、首を横に振る。
「なんでもいいっすよ」
「キョウが買ってきてくれるって話だから、なんか食べようよー。食べてみたいって思ったものとかないの?」
「えー、突然言われても」
「いいから考えなよ~」
 ニトにそう言われて、何かあるだろうかと考えてみる。だが、そうはいってもすぐに思いつくものはない。そもそも自分が飲食機能をつける予定がなかったのだから当然だろう。
「……マジで何もないんすけど。もうリトかニトの食べたいものでいいんじゃ」
「キョウがレオのリクエストならって言ってたから、僕達のリクエストじゃだめなんだって。ほら、最近見た映画とかで気になった食べ物でもいいから」
「そう言われても……」
 考えてみるが、ぱっとは思いつかない。いっそ先週のニトが食べていたおやつのどれかにするかと、記録をさらってみる。
「じゃあ、ドーナツで」
「お、いいね~! 種類は何がいい?」
「キョウのおすすめでお願いしたいっす」
「……面白そうだから良しとしよう! キョウおすすめだとあいつ何買ってくるかなあ」

 数時間後。キョウが見覚えのある箱を持って帰ってきた。それを休憩室のテーブルに広げると、手招きしてレオを呼ぶ。
「レオ、最初に選んでいいぞ」
「え」
「そうだよ、レオのお祝いなんだから」
「いや~、お祝いって大袈裟な」
「同じお椀のご飯を食べれるようになった記念だよ! ……お椀だったっけ?」
「釜だな」
「釜でしょ」
「カマって、刃物?」
「こういうやつっすよ」
 画像検索したものを見せると、ニトは「お~」と声を上げる。
「ニトに構うのはいいが、先にドーナツを選べ」
「俺、あとでいいっすよ」
「だーめ! ほら、一番最初に目についたやつでいいから」
 リトに強く言われ、やむなくレオは箱の中身をじっと見る。そこから過去他のメンバーが真っ先に選ぶことが多かったものを排除し、残りがちのものを選ぶ。
「……じゃあ、これで」
 手に取ったのは、砂糖がまんべんなくかかったシンプルなドーナツだ。途端、すぐ横から見慣れた手が伸びる。
「よーし、じゃあ僕はこれ!」
「こらニト!」
 その後いつものようにわいわいとドーナツを選んだ後、実食となった。
 レオがドーナツを食べようとすると、同じテーブルにいるニト、リト、それにキョウまでこちらをじっと見ていることに気付いた。
「……あの、食いづらいっす」
「むせたりしないかなって」
「何かあったらすぐまたメンテナンスしないとだから」
「誤嚥とかあるかもしれないだろ」
 三者三様に似たようなことを言う。誤嚥したとしても、きちんと吐き出せるようになっているのだがと思うが、それを言っても改まりそうにない。
 とりあえず三人のことは放って、ドーナツを食べる。インストールされた動作通り、噛みちぎり、咀嚼をする。細かくなったところで飲み込み、一応ログを確認する。
 こちらが飲み込んだのを確認したところで、キョウもドーナツを食べ始めるが、ニトとリトはまだ食べないようだ。それどころか、ニトが緊張した面持ちで声をかけてくる。
「ど、どう?」
「正常に動作してると思うっす。ログ見る限り、エラー出てないし」
「いやそうじゃなくて、味だよ味!」
「? データベースにある通りっすね」
「甘いとかおいしいとか、そっちだよ!」
「え、そりゃ、甘いっすけど」
「んーーー、そうだけどそうじゃなくて~!」
「レオの好みとしてはどうだったって聞きたいのよ」
 リトにそう言われ、なるほどそちらかと納得する。そういう面で考えてみるが。
「まだ最初の一つで、最初の一口っすから、好みかどうかの判断はまだちょっと……」
「うーん、もっと色々食わせないとかあ」
「それはこの後、変換器とかが正常に動作してるかの確認してからね」
「わかってるよー!」
 そう話しながら、ニトとリトもドーナツを食べ始める。一口食べると、ニトはにこっと笑顔になり、リトも小さく笑みを浮かべる。
「おいし~!」
 ニトの言葉にリトも小さく頷く。キョウは特に何も反応がないが、表情から見る限り、悪くないと思っていることだろう。それを眺めつつ、手元のドーナツを食べる。
 その後も食べながら三人と話したり、他の仲間達がやってきて話したりとしたが、半分くらいが次は何を食べようという話だった。
「レオ、今日も泊まりでしょ。ってことは、晩御飯も食べるよね?」
「ピザ、ピザにしましょうキョウ! レオにピザを食べさせるべき」
「えー、お寿司がいいよお寿司!」
「チキン、フライドチキーン!」
「カレーとかどうですか? インド式のカレー、複雑な味わいのせいか、食べた後にログ見ると面白いですよ」
「いつもの弁当で良くない? 特別なのは、また別の機会とかさあ」
「レオがこっちで泊まるのいつかわかんないんだし、今日食うべきでしょ」
「いやこっちの都合よりレオの方だろ。なんか食いたいもんとかないのか?」
「まだ選ぶほど情報を獲得していないだろうし、こちらから提案した方がいいですよ」
「お前さっき残りがちなの選んだだろー。今度は普通に気になったもん選んでいいんだからな」
「それやるにはまずドーナツ全種類食わせてからっしょ」
 わいのわいのと話すのを聞きながら、ふむと思う。食事でこれだけ会話の内容が増え、その分互いの理解が深まる。食事にはコミュニケーションとしての役割もあるとデータでは知っていたが、なるほどこれがと実感する。
「で、レオは次何食べたい~?」
 ニトに振られるが、レオは何かこれまでのもので選ぼうかと思うが、どれにしても選ぶには時間がかかりそうだ。
「データベース上の味しかわからないし、好みも今のところないんで、なんか、皆のおすすめ順繰りとかじゃだめっすかね」
 素直にそう言うと、誰かが「くじ作ろう!」と声をあげ、他のテーブルでそのための作業が始まる。その様子を見てか、キョウがやや表情を緩めている。
「あんまり高いものは勘弁してくれよ」
 ニトとリトもくじ作りに混ざっている中キョウがそうこぼすので、ふと気になる。
「キョウからのおすすめはないんすか?」
「俺は……」
「キョウもおすすめあるならこれに書いてー!」
 その言葉と共に隣のテーブルでくじを作っていた者が紙とペンをキョウに押し付ける。
「だそうだから、いつか当たったら、食ってくれ」
「じゃあ、当たる日を楽しみにしてるっす」

 

「刷り込み?」
 久慈の怪訝そうな声に、レーメーはそうだと頷く。
「飲食の機能をつける時に、動作テストで初めて食べたのが、このドーナツだったので」
「ああ、そういうこと。それで、ドーナツはこれと」
「多分そういう感じです」
「ふうん。でも、こうして繰り返して選ぶってことは、好きなんじゃない?」
「そうかもしれないですね」
 割とこのドーナツを特別視している自覚はある。何しろ、初めて仲間と一緒に食べたものだ。
「他のドーナツは食べないの?」
「余ってたら食べますよ」
「自主的には選ばないのね」
「食べ物を自分で選択するって難しいんですよね」
「お昼は割としっかり選んでるじゃない」
 実はランダムで選んでいるのだが、それをいうと残念な子を見るような目で見られそうなので黙っておく。
「わかりますよ、たくさんあるドーナツから一つを選ぶって難しいですよねえ。はい、こちらどうぞ」
 店員がそう言って、ドーナツをこちらに差し出す。それを受け取ってもぐもぐと食べる。数値的なものを見ると、そんなに悪くない味ではないだろうか。
「おいしいわね」
「え、ホントですか!? 嬉しいなあ」
「明日もここでやってるかしら」
「次ここでやるの来週なんですよね。週に一回場所借りてるんで」
「じゃあ、また会ったらその時は差し入れ用に買いましょうか」
「いいですね。来週以降なら、セイさんも食事機能ついてるかもしれないし」
「ふふ、そうね。今日はとりあえず、私達の明日の朝ご飯ということで。レーメー、二個選びなさい」
「おすすめありますか?」
 店員に助けを求めると、彼はにっこり笑う。
「全部おすすめです!」
「こ、困ります」
 思わずそういうと、隣にいる久慈がふっとふきだした。

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