白猪くんの失踪

インセイン「名探偵の殺し方」の感想ふせったーまとめと、例によって書いた小話。

遺品

「そういえば、一つ聞いていいか」
 名探偵を殺したあの日から幾分か経った頃、羽生田に声をかけられた。
「ん? なんすか? この天丼うまいっすよ」
「違う。お前のその、白猪健夫って名前、お前が考えたんだよな。何か由来とかあるのか」
「俺がそんな由来のある名前とか考えられるわけないじゃないっすか~。兄貴が考えてくれた、いやなんだろ? 物のついでにできた名前っていうか、まあそんな感じっす」
「物のついでで偽名ができるのか?」
 羽生田の訝し気な様子に、普通はそうなるかと内心思う。少し考えるが、まあ羽生田になら話してもいいだろうと判断する。
「偽名って人聞きが悪い。ビジネスネームっすよ。まあ、字は俺が考えたっす。紹介しやすい字って考えたら、これかなと。でも音は兄貴由来っす。アナグラムってわかります?」
「ああ、並び替えられた文字のことだろう」
「そうっす。実は俺の本名をローマ字に直して並び替えると、シライタケオになるんです。多分アナグラムについて聞いた時とかかな、兄貴が、例えば暁斗ならこういう風にって、さらさらーっと書いてくれたんすよねえ。いやあ、流石兄貴。頭の出来が違う」
「……お前にとっては、遺品みたいなものか」
「遺品って言い方はちょっと微妙っすね。でもまあ、残してくれたものって意味では、遺品っちゃ遺品なんすかねえ」
「捉え方次第だろうな。それで、いつまでその名前で仕事する気なんだ?」
 なるほど、彼はそれを聞きたかったのかと思う。確かに、彼からすれば隠す必要はないと思うのだろう。しかし、存外有瀬昇の名前が残っているものなのだ。先日も羽生田がいない間に来た客が、浅見形人のついでに名前を挙げていた。ゆえに興信所で有瀬を名乗るのは面倒が多そうだ、ということを話すと羽生田になぜか謝られる気がする。のでその辺りは端折っていいだろう。
「仕事はこの名前で続けるつもりっす」
「別に本名でも問題ないだろう」
「普通ならそうっすけどねー。ほら、俺もここ入ってそれなりに経つじゃないですか。なのに今更有瀬暁斗ですって言っても、皆混乱しちゃいそうだし。……うん、興信所にいる間は白猪健夫で通すと思うっす。なので先輩も、普通に白猪って呼んでくれていいっすよ」
「……わかった」
 やや間をおいてからの何か含みのある返事だったが、彼にも思うところは色々あるのかもしれない。下手に教えない方がよかったかとも思うが、しかしあの時はあれが最善だったと自分では思っている。
「あ、何なら羽生田さんもなんかビジネスネームとか使ってみます?」
「いらん」
「先輩既にかっこいい名前だからなあ。形人さんとかに聞いてみます? なんかいいアイデア出してくれるかも!」
「だからいらんと言ってるし、そんなことのために彼に連絡をするな!」

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