白猪くんの失踪

インセイン「名探偵の殺し方」の感想ふせったーまとめと、例によって書いた小話。

白猪くんの失踪

 三谷が抜けた穴、或いは三谷のせいで起こった諸々が落ち着いた頃のこと。
 直近まで三谷と付き合いがあった羽生田、白猪は特に後処理が多かったようで、だいぶバタバタしていたが、ようやく二人も一息つけるようになったなと話していた時のことだ。
「あ、そういえば、俺来月ドカッと有給使って、ほぼいない予定なんで」
 白猪が唐突にそんなことを言った。そうなのかと思わず羽生田を見ると、彼もどうやら驚いているようだった。
「そうなのか」
「っす。ちょっと旅に出ようかなーと!」
「へえ~、どこ行くの?」
 白猪とほぼ同時期に入った桂が訊ねる。
「色々っすねえ。北は北海道、南は宮崎まで!」
「なんで宮崎? そこ沖縄までって言うとこじゃないの」
「日程の関係で沖縄は厳しかったんで」
 そんな話をわいわいとしているのを横目に、羽生田に声をかける。
「あいついないとなると、ちょっと静かになりそうですねえ」
「そうだな」
「その様子だと、有給のこと知らなかったんですね」
「今が初耳だ」
「寂しくなりますね」
 それに対して羽生田が何か言うことはなかった。

 その一ヶ月後。宣言通り白猪は旅立っていった。意外なことに引き継ぎなどもきちんとしていて、白猪がいなくて困るということがなく、あったとしても大体引き継ぎ資料に対策方法などが書いてあった。少し探りを入れたところ、どうやら羽生田が作っておけと命じたようだ。
 あまりの完璧な引き継ぎ資料に、他の職員が「まさか白猪辞めるのか?」と茶化すほどだった。最初の内はその噂に対して馬鹿を言うなと羽生田が諫め、白猪と比較的親しい職員も笑っていたくらいだが、白猪の休みの期間が長くなるにつれ、羽生田や白猪と親しい職員らがそわそわとしだした。どうやら、白猪から具体的にいつまで休みと聞いていないらしいのだ。かといって事務方に聞きに行くと、「長くても来月までと聞いています」と具体的な日付を教えてくれない。所長に聞いても「本人ふわふわしてたからねえ」といった調子だ。
 それで本当に白猪が辞めるつもりなのではないか、今回の休みも実は有給消化じゃないのかと噂が出始めた。しかも、羽生田が連絡を取ってみたが返事がないということも重なり、もしや失踪かという話にまで飛躍し始めた、丁度その頃だった。

「長らくお休みしてすみません〜。白猪健夫、戻りましたー!」
 休み前と同じ調子で、白猪が戻ってきた。しかも何があったのか、両手いっぱいに紙袋をぶら下げた状態での出勤だった。
「お、お前、どこ行ってたんだよ〜!」
「せめて羽生田さんには連絡しろよ!」
「心配したんだぞ!」
 丁度その場に居合わせた者達が一斉に白猪に飛びかかり、口々にそう言うと、白猪はかなり驚いているようだった。
「え、なんすか? 普通に旅行してただけっすけど」
「せめて事前に期間を言っとけって話だよ。所長すら正しいこと把握してなかったぞ」
「え、所長にはちゃんと言ったと思ってたんだけど」
「あと、羽生田さんが連絡つかないって言ってたぞ」
「あ〜、それは、そのぉ、途中でケータイ水没しちゃって。一応修理には出してるんすけど」
「あれ冷蔵庫か冷凍庫に入れるといいって聞いたぞ」
「マジっすか。それ二週間前に知りたかったっす」
 そんな話をしていると、奥から羽生田がやってきた。彼は白猪を見ると、目を丸くする。そんな羽生田に対し、白猪は手を振る。
「羽生田先輩、ただいま戻りました〜! お土産いっぱい買ってきましたよ」
「そ、そうか」
「白猪〜、俺達にはないのか〜?」
「勿論あるっすよ! テーブルに広げとくんで、適当に取ってください」
 そう言って、白猪は休憩スペースにあるテーブルの上に紙袋を置き、そこから各地のお土産と思しきものを次々と出していく。メジャーなところもあるが、どこに行ったかよくわからない土産もある。
「この絶壁饅頭ってなんなんだ?」
「蒸した後四角い枠に押し込めるって言ってたっすね。実物ここまで直角じゃなかったっすけど」
「え、絶壁に行ったってこと?」
「崖の下は海なんで、結構ドキドキしたっすねえ」
「なんで崖?」
 わいわいと休憩スペースで話しているのを見て、ひとまず所長に報告に行くかと、所長室に向かう。
「そうか、戻ったのか」
 誰かのそんな声を聞きつつ。

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