拝啓
拝啓 三郎兄上様
ごぶさたしております、親不孝の次郎でございます。
そちらはそろそろ稲穂が青く伸びゆく頃でしょうか。帝都は日々が慌ただしく過ぎていくためか、暦を見ては月日の経過を確認するような日々です。
帝都はどこもにぎやかでさわがしく、最初のうちは右も左もわからず、不運が続いてあわや行き倒れといった事態にもなりましたが、幸運なことに助けてくれた方もいて、こうして兄上に手紙を出すことも叶いました。
さて、この度の突然の出奔を重ねておわび申し上げます。
これについては、ひとえに私の心の弱さが原因であり、決して、決して、三郎兄上やふみゑ義姉上様はじめ家族に不満があったとか、田畑の世話をいとうたがゆえのことではないことを、ご理解ください。
何があって、私が村を出たのかの詳細については、兄上の願いであっても口にすることはできません。口にすれば、再びあれの影が見えるかもしれないと、私は今でも恐れているのです。それは生活するだけでもそうで、今はこうして離れた土地にいるので良いのですが、以前は村で生活している中で、ちょっとした影にすら怯えている有様でした。兄上から見ても、私の様子がおかしいのはおきづきだったでしょうし、また相談してほしいとも言ってくださいました。あの時は、それこそ兄上にお話ししようかとも迷いましたが、結果話さずに郷里をはなれてよかったとも思います。私は、兄上にあのような目にはあってほしくないのです。
いつか、私の心があれを受け入れることができれば、いえ、忘れられることができれば、再び郷里に戻りたいとは思います。しかし、今はそんな日は来ないのではないのだろうかと、そう思うほどに、私は恐れているのです。