ある展覧会の一幕

Kutulu「脳病院の女」をプレイしたので、それに関する小話。今回そういえば感想まとめてなかったなって今更気付きました。後日感想足すかも。

ある展覧会の一幕

 東京に遊びに来た祖父母を案内することになった黒川澄子は、画家の遺作展という、変わった展覧会に行くことになった。なんでも、祖母であるふみゑが好きな画家の作品が出ているとのことだ。
 そうしてやってきた展覧会では、有名無名に関わらず、様々な画家の遺作が並べられていた。ふみゑはお目当ての画家の絵を見てほうと眺めていたのだが、予想外だったのが祖父の三郎だった。
 三郎は、ある一枚の絵の前で突然、ぴたりと足を止めてしまった。深い森の中なのだが、なぜか海を連想させるモチーフがあちこちに散りばめられている。その中央に、女に手を引かれる男、その男の後ろに更に二人が続くという、奇妙な絵だった。藤巻華峰という画家の作品で、紹介文には「この絵を残して失踪」とあった。
「おじいちゃん? この絵が気に入ったの?」
 訊ねつつ顔を見て、澄子は驚いた。祖父三郎は、その絵を見て泣いていた。そして、ふらふらと近寄り、絵に触れそうになる。流石にそれはまずいと、澄子が手を掴んで止める。
「おじいちゃん、どうしたの?」
「じろう、次郎だ。俺の弟の」
 三郎が描かれている男の一人を指す。平凡そうな顔の男だ。しかしそれが弟とはと思っていると、ふみゑがこちらの異変を察知してか近寄る。
「あらあなた、どうし」
 様子を伺う言葉を最後まで言う前に、ふみゑはその絵を見て、ヒッと悲鳴のようなものをあげる。
「じ、次郎さん」
「なあ、次郎だよな、これは次郎だよな!」
 声をあげる三郎に、学芸員と警備員らしき人物らが近付いてくるのが見えた。まずいと、澄子は二人の手をとる。
「い、一旦外出よう! すみません!」
 半ば強引に、澄子は二人を連れ出す。絵の前を去る時、なぜか潮のにおいが鼻をついた気がした。

 会場を出て、半ば錯乱状態になっていた祖父母をどうにか落ち着かせた。
「次郎さんって、えっと、行方不明になったって言ってたっけ」
「ええ。どうしてか、ある時帝都に行ってしまって、それきりだったの。いえ、何度か手紙は届いてたのよ。でも、ある時音信不通になって」
 そう話すのはふみゑだ。三郎はまだ若干落ち着いていなくて、先程からぐしょぐしょに泣いている。いつも朗らかな祖父がそんな風になっている姿は見たことがないので、澄子はやや心配だった。
「三郎さんともとても仲が良かったの。ただ、村を出た理由は一度も教えてくれなかったそうなんだけど」
「それで、さっきの絵に描かれてた人が、その次郎さんにそっくりだったと」
「あと、和泉のぼっちゃんもいた。女と手ぇ繋いでたのがそうだ」
 泣きながら、三郎がそうこぼす。
「和泉のぼっちゃん?」
「次郎さんの幼馴染よ。その人も、次郎さんと同じ時期に行方不明になっちゃって。きっと帝都で何か悪いことがあったんだって話してたんだけど」
「はあ。それが、さっきの、えーと、なんとかさんって画家の絵に」
「他人の空似って言われちゃったら、そうなのかもしれないけど、でも、あの絵は」
「次郎だ。あれは、次郎だ。でも、なんで絵に描かれてたかは、わからん」
 それはそうだろう。しかもあれは遺作なので、画家本人も生きていないから聞き出すこともできない。
「……そういえば、最後の手紙で、画家のお世話になったって書かれてなかったかしら」
 不意にふみゑがそうこぼす。その言葉に、三郎もピンときたようだ。
「そうだ、そう書いてあった。助けてもらったって。もしかして、その画家が二人に、何かを?」
「でも、あの絵を書いた画家は絵を残して失踪って書いてあったから、もしかしたら二人は巻き込まれただけ、ってことかもよ」
 三人で話すが、結局答えなどわからない。
「らちがあかないし、もう一回見てみる?」
 聞くと、三郎とふみゑは互いを見て、ゆっくりと頷いた。

 展覧会に戻り、二人はその後、一時間ほどじっと絵を見ていた。学芸員と警備員がこちらのことを覚えていて、声をかけてきたが、澄子が知り合いに似ていて驚いたのだと誤魔化しておいた。騒いだり絵に触れたりしなければ問題ないと開放されたので、二人は誰に邪魔されるでもなく、ただその絵を見ていた。
 帰り際、二人は展覧会の図録を購入し、大事そうに抱えて持ち帰った。
「あの頃は、写真を気軽に撮るなんてできんかったからな。次郎の写真は一枚もない」
「変な話だけど、遺影代わりにしようって話したの」
「そっか」
「ごめんね、あんなに騒いじゃって」
「ううん。その次郎さんとおじいちゃん、仲良かったんでしょ? だったら仕方ないよ」
 そう話しつつ、澄子はあの絵が仏間に今後飾られるようなら、あまり近寄らないようにしようと内心思っていた。
 なぜかはわからないが、あの絵を見ていると、どうにも寒気を感じてしまうのだ。見ているとあの緑に飲み込まれそうな、そんな錯覚に陥る。
 あの絵はなんなのだろうか。いっそ作者も含めて調べようかと思ったが、図録を大事そうに抱えている三郎を見て、いやと思う。
 二人が生きている内は調べないでおいた方がいい。
 なんとなく、そう思ってしまったのだ。

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