鏨新次郎のその後のある日

インセイン「烏有館事件」の感想ふせったーまとめと、キャラの設定と、小話たち。なお小話は後日また追加される予定です。

鏨新次郎のその後のある日
 烏有館でのことがあって半年と少し。新次郎は静香と共に探偵事務所を再度構えたものの、一度世間的に消息不明になったためか、ものの見事に依頼人は来なかった。本来はそのことに焦りでも覚えるものだが、新次郎はあまり深刻に考えてはいなかった。どうせいつか事件に呼ばれるだろうし、あまりに依頼が来なくてもその日暮らしはなんとかなるものだ。いざとなればホスト時代の知り合いに声をかければアルバイトなどいくらでもあるし、新次郎は日雇いの仕事も嫌いではない。
 そういったわけで何も焦っていないし、寧ろ新鮮な気持ちでいた。

「静香、そっち行ったぞ!」
「わかっ、うわ!」
「大丈夫か静香!」
 猫に飛びかかれ転倒する静香に駆け寄ると、彼は倒れはしたものの、しっかり猫を捕まえていたし、その猫も静香に持たせたマタタビのお陰でその場でグネグネとして移動する気配はない。依頼人から借りた写真と比べてやや薄汚れているが、瞳の色と顔の模様、首輪、首輪のタグから、探していた猫と同一だろう。
「よし、これで依頼達成だな」
 キャリーを持ってきて、静香に猫を入れてもらう。
「いやー、存外面白いな、猫探しも」
 こちらの言葉に苦笑する静香を横目に、猫が入ったキャリーを持ち上げる。
「なかなかにハードだけどね」
「それは確かに。昔はもう少し走れた気がするが、お互いインドアな生活が長かったからな。体力が低下してるのは否定できない」
「っ、そうだね」
 少し顔を歪める静香を見て、悪いことを言ってしまったかと密かに思う。
「さて、さっさと事務所に帰ってシャワーでも浴びよう。静香、今日の夕飯何にする?」
 わかりやすく話題を変えると、静香は安堵した様子になる。
「どうしようか。新次郎君は何か希望があるかい?」
「そうだな、今日は可愛いミーシャがいるから出前にしようか」
 ミーシャと言いながらキャリーをぽんぽんと叩くと、中から猫の声がする。抗議かもしれない。

 早めに夕飯にしようと話していたが、保護した猫の飼い主に連絡をしたところすぐに引き取るとのことだったので、そちらを先に済ませることになった。
「タガネくんほんとありがとう!」
「次はしっかり施錠しておくんだぞ」
「はーい。助手のお兄さんもありがとう~。うちの店来てくれたらサービスしてあげるね」
「静香、やめておいた方がいいぞ。彼女の店は価格帯が相場よりちょっと高めだ」
「タガネくんうるさーい!」
 その後支払いをすると、依頼人は猫と共に元気よく出て行った。
「またなんかあったらよろしくねー」
「こちらこそだ。鏨探偵事務所を宣伝してくれると助かる」
「あいあい。頑張ってね~」
 依頼人を見送り、ふうと息をつく。
「紅茶淹れようか」
「ああ、頼めるかい? オレは夕飯の注文でもしておこう。静香は何がいい?」
「君と同じものでいいよ」
「激辛タンタンメンでも?」
「君が本気でそれを頼むのなら」
「……冗談だ。適当に頼むから、あとでじゃんけんで決めよう」
 そう言っても、結局譲られそうな気はするが、じゃんけんは昔と同じく真剣にやるよう説得しようと心に決める。激辛タンタンメンは冗談としても、辛いものは食べたい気がする。カレーにするかと思いながら、適当な店で注文をしたところでスマートフォンを置く。三年前も便利だったが、今はもっと便利になったなと密かに思う。
「紅茶どうぞ。砂糖は入れておいたから」
「ああ、ありがとう」
 出された紅茶を飲みつつ、今日のことを振り返る。
「猫探しは楽しいものだが、なかなか大変ではあるな」
「そうだね。そもそも僕らはノウハウがないから」
「確かに。依頼料と手間暇を考えると、効率のいい方法でも調べた方がいいか?」
「そういえば、君のいとこの、耕助さんは犬猫を探すのが得意だったね」
 挙げられた名前に、そういえばと思い出す。が、正直彼にアドバイスを求めるのは間違っている。彼には人には真似できない特技があり、それでもって探していると以前聞いているのだ。ということを静香には話していないので、今は言葉を飲み込む。それと同時に、そういえば彼に聞きたいことがあったのだったと思い出す。
「……そうだな、記憶が戻ったと連絡はしたが、会ってはいないしな。顔を出すついでに、何かいい方法がないか、聞きに行ってみよう」
「僕もついて行こうか?」
「いや、オレ一人で行く。静香は明日はゆっくり休んでいてくれ」
「……そう」
 彼の表情が曇るのを見て、新次郎は部屋の中をざっと見回す。そうして、『口実』を見つけた。
「どうしても何もやることがなくて暇なら、ここで留守番をしていてくれ。ついでにオレが封印した昔の事件の資料の整理をしてくれたら助かる」
 事務所の一角を指すと、静香はその先を見て、ふと表情を緩める。
「じゃあ、そうしておくよ。それにしても君、段ボールを開けてすらいなかったのかい」
「オレが書類を見るのが得意ではないのはよく知っているだろう」
「それでも昔はやっていたじゃないか」
「流石にブランクが空きすぎてしまったんだろう。静香、頼めるかい?」
「わかった」
「それじゃあ頼むよ。明日は夜までには戻るが、適当な時間で帰っててくれてもいいから」
「ああ」
 頷いているが、彼は自分が戻るまで待っているかもしれないと内心思う。なるべく早めに帰ろうと思いながら、見栄を張って二杯だと申告しているせいで少し甘さが物足りない紅茶を飲み干した。

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