鏨新次郎のその後のある日

インセイン「烏有館事件」の感想ふせったーまとめと、キャラの設定と、小話たち。なお小話は後日また追加される予定です。

※この小話だけ、インセイン「ラスト・ローズ」のネタバレも含まれます。

鏨新次郎は死後の世界を信じていない
 静香に事務所の留守を頼み、新次郎は久々に従兄の家に遊びに行くことにした。
 やや古びた四階建てのビルに行き、そこの三階に足を運ぶ。鏨探偵事務所と書かれた扉を開けると、中でコーヒーを飲んでいた従兄こと鏨耕助が目を丸くしてこちらを見ていた。
「なんだ、新次郎か」
「耕助さん、久しぶり!」
「ああ、久しぶり。元気になったと手紙はもらっていたが、本当に元気になっていたんだな。何よりだ」
「それもこれも静香のお陰だよ。コーヒーをもらっても?」
「今淹れるから座ってなさい」
 そう言われたので、ソファに座る。それから数分経って、耕助がコーヒーの入ったカップとシュガーポット、ミルクポットを持ってきてくれた。出されたコーヒーに砂糖を四杯ほど入れてミルクをたっぷり入れると、耕助が苦笑しているのが見える。
「相変わらずだな」
「三年間、何らかを食べた記憶が薄いからな。好みなどそう変わらないよ」
「君が記憶がないのをいいことに、静香くんが苦手なもの食べさせてるかなと思ってたんだが、そうでもなさそうだな」
「注射は打ってたみたいだけどね」
 こちらの言葉に、一瞬耕助の動きが止まる。
「……健康を保つためなら仕方ないことだな。まあ詳しくは聞かんよ」
「耕助さんのそういうところも相変わらずだね。……ところで聞きたいんだけど、オレの記憶がない間、耕助さんのところにオレは来た?」
 訊ねると、耕助は顔をしかめ、首を横に振る。
「それならもっと早く記憶が戻ったろうさ。新太郎おじさんのことを覚えてるだろ」
 そう言われ、それは確かにと納得した。同時に、耕助がこうなってしまったそもそもの発端を思い出す。

 新次郎が中学生になってすぐの頃の話だ。
 その年、新次郎の父である新太郎が事故にあい、しばらくの間意識不明となっていた時があった。新次郎の母美恵はふさぎ込みつつ毎日見舞いに行き、新次郎もなるべく見舞いに行くようにはしていた。
 ある日、新太郎の兄、つまり新次郎の叔父家族が見舞いに来てくれた。新太郎が意識不明であることに叔父は心を痛めていたため、すぐにでも見舞いに来たかったそうだが、ほぼ同時期に叔父の息子、つまり耕助が修学旅行から帰ってきて以来どうも様子がおかしいということで、しばらくそちらにかかりきりだったとのことだった。当の本人は病院の中だと体調が悪くなるとかで、今は病院の外で待たせているという話だった。新次郎は幼少の頃から従兄である耕助に懐いていたため、では久しぶりに話をしようと、父母のことは叔父家族に一旦任せ、叔父から聞いた場所へ向かった。
 一人で本でも読んで待っているだろうと聞いていたが、新次郎がそこへ行くと、耕助は意外にも誰かと話しているようだった。そこへ声をかけようとしたが、次に聞こえてきた言葉に驚いた。
「新太郎おじさん、早く体に帰りなよ」
 耕助がそう呼ぶのは、新次郎の父相手だけだ。しかし耕助の隣に父の姿はない。一体どういうことだろうかと思いつつ、近くに潜んで耕助の声を聞く。
「いやいや、だから、新太郎おじさんは事故に遭って、今寝たきりなんだよ」
「うーん、僕はちょっと前に、おじさんみたいになってる人が見えるようになったから特別というか。ほら、美恵おばさんや新次郎に話しかけても、反応がないんでしょ? それは無視してるんじゃなくて、おじさんがそこにいるってわからないからなんだよ。病室に行けばわかるんだけど……」
「おじさんが病院嫌いなのはよくわかったよ。新次郎の注射嫌い、おじさんに似たんだね。とりあえず、騙されたと思って中に入ってみて」
「え、いや、僕も病院はちょっと。色々見えるから、しんどくなるし、誰に話しかけていいか、まだちょっと見分けが難しいし」
 そんな風に一人で話している。確かに叔父が様子がおかしいと話していたが、あんな風に延々と一人で話すようになったなら、確かに父の見舞いを優先してとはいかないだろう。そう思っていると、耕助が驚く声が聞こえた。
「え!? ……あ、そう。そっか。まずいな。……でも、やむをえないか。新次郎、いるんだろ」
 名前を呼ばれて、新次郎はびくりと体を震わせ、顔をあげると、耕助がこちらを見ていた。
「今の、全部聞いてた?」
「……耕助くんが、一人でぶつぶつ話してるのなら」
「そうか」
 一言そう言って、耕助は手招きをする。近寄ると、耕助は小声で話しかけてくる。
「詳しいことはあとで話すから、この後僕が行っておいでと言ったら、おじさんの病室に行ってくれないか?」
「あとで絶対に話してくれる?」
 勿論と耕助が頷いたので、新次郎もわかったと頷いた。すると、新次郎は先程のようによそを向いて話を始める。
「ほら、こんな近くでそんな顔しても、新次郎は何も反応しないだろ? とりあえず、彼について行ってみなよ。それでもおじさんが元に戻れなかったら、次は僕から父さんに相談してみるから。……よし、決まりだね。新次郎、わけがわからないと思うが、新太郎おじさんの病室に一旦戻ってくれ」
「本当にわけがわからないが、耕助くんの頼みだもの。引き受けよう」
「頼んだよ。ああそれと、一つだけ忠告。見えてないものを見える、もしくはいるかのように振る舞うのはなしだ。多分それは、事態の悪化になる」
「……わかった」
 そうして彼の言葉に従って病室に戻ると、それから五分もしない内に父新太郎の意識が回復した。その時新太郎は、「耕助くんに言われて新次郎について行ったら、俺が寝ていて。それに驚いたら、この状態だった」と話していた。
 その時に叔父と、その少し後に耕助自身からも聞いたのだが、耕助はいわゆる霊感を身に着けたらしく、それで幽霊などの類が見えるようになったのだという。今回は病院の外で家族を待っていたら体が透けている新太郎に声をかけられ、そこで幽体離脱をしているから意識不明状態なのではと予測をつけ、新次郎と共に病室に行ってもらったのだと話していた。
 この出来事以降、耕助は心霊現象やオカルトの類の事件が発生すると、親戚から頼られるようになり、また学校などでもそういった事象を解決してきた。

 過去を思い出しながら、なるほどと思う。
「父と一緒で、なかなか認めなかったかもしれないな」
「そうかもしれない。でも、覚えていないかもしれないが、君が記憶喪失になってからも一度見舞いに行っているよ。その時に幽体離脱をしていないことは確認しているから、僕ではお手上げだった」
「え、そうなのかい」
「ああ。その見舞いから少しして、静香くんが君を引き取ったとおじさんから聞いていたが。……何はともあれ、記憶が戻ったのならよかった。静香くんには親戚として今度お礼の品を贈らないとな。彼、コーヒーとか好きかい?」
「オレは紅茶の方がいいな」
「……まあ、君も飲むことになるだろうしな。わかった」
 耕助はスマートフォンを取り出し、ぽちぽちと何かを入力する。買い物メモの類だろうか。
「耕助さんは相変わらず探偵やってるんだね」
「ああ。犬猫の捜索で小遣い程度は稼いでるよ」
「オレが記憶喪失になる前は、開店ほやほやだったっけ。次は静香と来るから、その時には面白エピソードを話してよ。どうせ幽霊がらみのもあるでしょ。あ、それまでに霊感については話しておいていい?」
「まあそれは構わないが、来るならその時は事前に連絡してくれ。その犬猫を探しに外に出ている可能性がある」
「うん、静香が多分やってくれるだろう」
「……記憶を失う前は、そういうことも自分でやっていたよな?」
 訝しんでいる耕助に、新次郎は少し考え、話すことにする。
「静香がね、オレにやったことを気に病んでいるみたいなんだ。詳細は伏せるが、実験的なことをやっていて。オレを治すためだったからと堂々と開き直ってくれればいいのに、そうもいかないみたいでね。困った話だ。その罪悪感を晴らそうかと、最近はちょっとダメ人間をやってるんだ」
 説明すると、耕助はわずかに引いた表情になる。自分で説明していてもどうかと思うので、それは正しい反応だ。
「そ、そうか。あんまりやりすぎると違う問題が起きそうだから、程々にしなさい」
「そこは気をつけるよ。……ああそうだ、今思い出したけど、耕助さん、もう一個聞いていいかな」
「なんだ?」
「幽霊が悪霊になる方法ってある?」
「……僕はきちんと知識のある専門家じゃないから、知らないよ」
「そうか」
 実際は、耕助はその方法を知っているのだろう。だが恐らく、こちらの言わんとしていることを察して、「知らない」、つまり知るなと言っているのだ。昔は聞けばなんでも答えてくれたものだが、ある時からこういう風に遠回しに警告するようになった。
「誰かに殺されそうにでもなったのか? それも、祟ってやりたいと思うようなやつに」
「白状すると、殺されそうにはなったね。ただ、祟ってやりたいかというと違うかな。オレは耕助さんのこともあるから、死後の世界は信じてない。幽霊はいつだって現世にいるし、幽霊自身も死後の世界なんて別世界のことは知らない。だからあそこで死んだら、オレはきっと幽霊になっていた。その場合、オレはどこに居着くかなと思って」
「居着いた先によっては、そこにいた誰かに危害を加えたいと思った可能性はある、と」
「場合によってはね」
「新次郎はそうなったら、真っ先に僕のところに来そうだと思うけど。君の好きな、一番手っ取り早い解決方法ではあるし」
 そう言われてみるとそんな気もする。そもそも、新次郎はあまり人に対して恨みなど持たないし、誰かにとりつこうと思うほどの執着心も少ない方だと自負している。静香のことは心配するだろうが、あの状況なら静香も一緒に死ぬことになっていただろう。静香だけが生き残ったとしたら、さてその時はわからないが、いずれにせよ、遅かれ早かれ耕助のところには行くはずだ。そうなれば、耕助に己の未練を解決してもらい、さっぱり消えることを選ぶ可能性が高い。
「それも、そうだね。うん、誰かに殺された時は、真っ先に耕助さんのところに行くよ」
「そもそも殺されるような仕事はやめなさい。三年の空白ついでに、方針転換でもしたらどうだ?」
「ああ、そこは任せてくれ。流石に何の依頼も来ないから、耕助さんを見習って犬猫の捜索から再出発だ!」
「再出発も何も、新次郎の探偵業は最初は人探し、それ以降事件ばかりだったろう」
「……そうなんだ。だから犬猫の捜索はノウハウがなくてね。耕助さん、対象を発見した時のうまい捕まえ方とか知らない?」
「探し方は聞かなくていいのか」
「それは耕助さんの場合、参考にならないから。オレ、幽霊見えないし」
「幽霊以外にも手はあるぞ。……ふむ、教えてやってもいいが、次に静香くんと来た時にまとめて伝えよう。それまでは試行錯誤するんだな」
「はーい」

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