羽生田さんの噂
事の始まりは、ある日白猪が羽生田の仕事を手分けしてほしいと周囲に声をかけたことだった。
約束があるという話の段階で、デートかデートなのかと話題になり、しかし当の羽生田はその日は仕事を片付けるのに集中していたし、白猪も「羽生田さんのプライベートを勝手に話すのはちょっと」と謎に高いコンプラ意識で口を閉ざしたので、その日に詳細は聞けなかった。
ただ、翌日出勤した羽生田の機嫌が良かったことから、かなり楽しい時間を過ごしたようだ。
そのことから、恐らく羽生田は恋人ができたんだろうと噂にはなっていたのだ。
誰かが直接聞けば良かったのだが、直接聞く機会を逃し続け、またここ最近の警察の不信の煽りを受けた興信所に頼むのはおかしい依頼がまだ続いていたため皆忙しく、ただ噂だけは雑談の種として広まり続けていた。
その結果。
「おい白猪、聞いたか? 羽生田さん、恋人と結婚秒読みらしいぞ」
佐東の言葉に、白猪は目を丸くする。
「え、そうなんすか? 俺聞いてないっす」
「ほら、お前が羽生田さんの仕事周りに分けてたあれ、あの翌日から羽生田さん、やたら機嫌がいいだろ。だから、恋人とうまくいってて、結婚秒読みなんじゃないかって」
そこまで聞いて、白猪ははてと考える。
羽生田の仕事を周囲に振り分けていた、となると、沼倉と約束があると言っていた日だろうか。そしてその翌日から機嫌がいい。沼倉に誰ぞ紹介してもらったか、あるいは彼と何かあったか?
いや、そもそも沼倉との約束の翌日といえば、白猪がカニ食い放題ツアーを当てた日でもあったような。
いずれにせよ、変な噂になっていることは確かだ。こういう噂は回り回って本人の災いとなることが多いと、白猪はかつて兄が解決した事件の数々から教訓を受けている。すぱっと本人に聞いた方が良かろう。
そう判断し、丁度興信所に帰ってきた羽生田を見つけ、また興信所内にそれなりに人がいることも目の端で確認しつつ、白猪は口を開く。
「羽生田先輩、彼女できて結婚秒読みって噂流れてるんすけど、マジすか!? 沼倉さんに誰か紹介されたんすか!?」
「……は? いや、そんな予定はないが。というか、沼倉から紹介はないだろ」
それを聞いて佐東や他の職員が集まり、羽生田に声をかけるのを見て、自分の役割はここまでだろうと、白猪はそっとその場から離れた。